第三十二話 密談
あの演説を聞いてすぐに私の腹は決まった。
勇者を止める。
これは私自身の願望だ。
さらに言えば法律家としての職務にも適っている。
まず個人的な意見として勇者の理想が気に食わない。
監視社会についてはまあいい。別に私も嫌いじゃない。強いて言えば管理される側より管理する側のほうが性に合っているがそこは我慢してもいい。
気に入らないのは誰もが幸せな世界を目標に掲げていることだ。
そんな世界はあまりにもつまらない。
あいにくと私は他人の不幸を見て悦ぶ生き物だ。つまるところどうあがこうが矛盾する。
すべての人々が幸せな世界では、私は幸福を感じることができない。
これが個人的な理由の一つ。
そして職務としても間違っていない。
法律家の職務は社会正義の実現。
あれはどう考えてもそんなものではない。
完全に他人の意見を無視しているし、民主的とも法律に則っているとも思えない。
そして致命的な矛盾を抱えている。多分、勇者様はそれに気づいていない。
結論。
遠慮容赦情け一切無用。
私の全身全霊をもって勇者を打倒する。もちろん、法の力で。
そのためには協力者が必要だ。
表向きはどうあれあんな独裁を許容できる人間はそう多くないはずだ。
潜在的な協力者は必ずいるはず。とはいえ相手も一筋縄ではいかない。勇者様に知性は感じないが、エドワード・デミルという私が知る限り最も優秀な法律家が相手なのだから。
まず真っ先に向かったのは新星教の総本山、新星大教会だ。
……今更気づいていたのだけれど新星教という名前、星新のアナグラムだ。宗教にまで自分の名前を付けなければ気が済まないというのは自己顕示欲が強いにもほどがある。
この和洋折衷を盛大にはき違えた建物を訪れるのは私の美的感覚に著しく悪影響を及ぼすのだが、そうも言ってられない。
ちなみに予想通りと言えばその通りだが、新星教は上を下への大騒ぎだった。
彼らからしてみれば救世主が復活したようなものなので無理もない。あの勇と書かれたマスクをかぶった信者が右往左往している様子はできの悪いゲームでも遊んでいるようで気分が悪くなりそうだった。
最悪追い返されることも想定していたが、あっさり雫と共に招き入れられた。どちらかというと向こうも私の到着を待っていたのだろう。
一応和風の神社らしき木造廊下を信者に案内される。
そして信者は一度来た教祖様の自室の前で立ち止まった。
「ここからは法律家の小百合様一人でお入りください」
「それは教祖様のご命令ですか?」
「はい。その通りです」
やはりというべきか、以前よりも警戒されている空気を感じる。いや、警戒されているのは私ではなく、教祖様なのか。
そうだとするなら勇者様と教祖様は潜在的に敵同士ということになるのだが。
「雫。少し待っていてくれますか?」
「はい。ごゆっくりお話しください」
ここがどちらかというと敵地であることは雫もとっくに理解しており、警戒を怠っている様子はなかった。この子がそんなことを怠ったことがあるのかどうかはおいておこう。
軽く頷いて部屋の扉を開ける。
ぴしりと背筋を伸ばした教祖様が豪奢な和服に身を包んでいた。
しかし私が部屋の扉を閉めると途端にだらけきり、姿勢を崩し、突然話しかけてきた。
「ここをはっきりさせなくちゃ話が進まないから尋ねるわよ。あんた、私と同じ転生者?」
そう来たか。
最初に気づかれるのがこの方とは。そしてどうやら彼女もそうらしい。
「ええ。そうなりますね」
じろじろと私の顔にまさぐるような視線を送ってくる。
「誰に案内されたの?」
あえて抽象的な質問をしたのはまだ私のことを疑っているからだろう。
「スズメと名乗った女性ですね」
私が転生してから一年もたっていないが、ずいぶん前のように思える。
そうして教祖様は、はああ、と大きなため息をついた。
「もうちょっと早く気づいてたらね……」
「なぜ気づいたのですか?」
「確信があったわけじゃないわよ。ただ、そうね。口調は馬鹿丁寧のくせに勇者への敬意とかそういうのを感じないのよ。ていうか、そのしゃべり方やめてもいいのよ」
「いえ、常に続けていないとすぐに化けの皮がはがれそうですので、このままで」
施設や養父母、義理の祖母に割と厳しく言葉遣いをしつけられたため、丁寧語が地なのだ。油断すると相手を罵倒しそうになるのも事実なのでなるべく丁寧にしゃべるつもりでもある。
「まあいいわ。で、あんたどうするつもり」
率直で、どこか切羽詰まったような言葉だった。
つまり彼女も手詰まりになりかけているのだろう。罠である可能性は低い。勇者の権力と武力を利用できるなら私ごときをわざわざ陥れる必要はないはずだ。




