第二十四話 再会
菜月は雫の袖を掴んだまま、ずんずんと突き進んでいく。
二人とも無言だった。
しかしやがて菜月はぴたりと止まった。雫は菜月を気遣いながら声をかける。
「菜月様。あれでよかったので……菜月さん?」
菜月はぷるぷると肩を震わせている。
今までため込んだ空気をすべて吐き出すかのように言葉を並べた。
「かっっっっこ良かったああああああ!」
雫は呆れたように一歩下がった。
「何てかっこいいのかしら! 愛する人を守るために悪漢に立ちふさがるなんて! ああん、もう! どうして私はカメラを持ってないの⁉」
「あのう。ええと、菜月さんは黄ノ助さんが好きなんですよね」
雫は菜月の様子に力が抜けたのか幾分砕けた口調になっていた。最近の彼女は時折親しい人にこういう態度になる。
「ええ! 当然よ!」
「ですが、ええと、珊瑚さんはいわゆる恋敵なのですよね? どうして彼女を助けるのですか?」
「決まってるじゃない。ここで珊瑚を助けるのが黄ノ助様だからよ。私はあの人を助けたいの。だから私に微笑んでもらえなくても、助けるわ」
「はあ……そういうものですか?」
「ええ。あんたも恋をしてみたらわかるわよ」
菜月は会心の笑みを浮かべていたが、少しだけ目じりに涙が浮かんでいた。雫はそれに気づかないふりをする。
「恋をすれば人は変わる……とは聞きますけど……」
「そうね。うーん、どういえばいいのかしら。こう、自分の本心とか、本性とか、そういう剥き身の感情が前に出ちゃうのよね」
「本性、本心……」
菜月の言葉に思うところがあったのか、雫はうつむいて考え込んでいた。
「難しく考えなくていいわよ。そのうちわかるから」
「……ならいいのですが……いえ、ちょっと待ってください」
「どうしたの?」
雫は懐から携帯テレビを取り出し、文字列を眺める。
「菜月様。どうやら行方不明だった例の藤原夫妻のお嬢様はお姉さまが見つけたそうです」
「これはまたずいぶんと騒がしいですね」
数日ぶりに帰ってきた異京の景色を眺める。
実際に騒音が鳴りやまないわけではない。しかし町のざわめき、人の流れ、それらがそこに住む住人でなければ分からない慌ただしさというものを小百合は感じていた。
エルフの人権が失われて一日もたっていないが、確実に何かが変わっていた。
景色を肴に紅茶の一杯でも飲みたい気分だったが先に仕事を済ませてしまおう。
「さて、藤原不比等様。心の準備はよろしいですか?」
「いいわよ」
藤原夫妻の娘、藤原不比等様は言葉少なに、剣呑な視線を小百合に向ける。
没個性なロングドレスに身を包んでいたが、ぴしりと伸ばした背筋はいかにも強気そうな印象を受けた。
彼女を見つけられたのは偶然だ。
当然ながら新目野にいたエルフは全員逮捕された。おそらくオーク討伐の主犯としてスケープゴートにされるだろう。
実際に計画策定は彼らの主導だったので重い罪になるはずだ。
そしてエルフが運営していた住居の一つで藤原不比等様は発見された。当初は逃げようとしていたが、私が事情を説明し、打開策を提示すると彼女はこちらに従ってくれた。
なかなか回り道をしたが、これで依頼達成かつ私の個人的な報復も達成された。
「では、ご両親との感動の再開の時間ですよ」
今度は答えない。
異京の少し外れた道。
そこで藤原夫妻は待っていた。その背後には菜月様と雫がいる。藤原不比等様の姿を認めるとすぐに走り出してくる。
「あ、ああ! やっと会えた!」
「心配したのよ!」
不比等様に手を向け、そして。
「触るな!」
不比等様は両親の手を払いのけた。
それを両親は茫然と眺める。
だが急に小百合や菜月に向けてしゃべり始めた。
「む、娘がすいません。どうも久しぶりに会ったので緊張しているようでして……」
謝罪というよりは言い訳のようだった。いや、事実そうなのだろう。
そんな態度に不比等様はむしろ怒りを強くした。
「やめてよ! 二人ともいつもそう! 私の意志なんか気にせず他人の目ばっか気にして! うんざりなのよ!」
その怒りに釣られてか、藤原夫妻の夫のほう、藤原ショーン様も語気が荒くなる。
「こ、この! 親に向かってなんて口をきくんだ!」
「こんな口きいてんのよ!」
親子の火花が散る会話は終わりそうになかった。




