第二十四話 危機
なんとか奥様をなだめたサヒン様はようやく座って会話を始めた。
「大変失礼いたしました」
「いやいや。これは家族の問題だからね。いやしかし……君は本当に似ているね。目や髪の色は違うけれど、顔の輪郭がそっくりだ」
「そんなにも? どんな方でしたか?」
「村一番の美人で、みんなの憧れだったよ。それにおしとやかで優しくてまさに女神みたいな——」
ダンッと何かを叩き潰す音。その音源は奥様だ。
教訓その二。包丁を持っている人を怒らせてはいけない。
「も、もちろん君の方が素敵だよ」
冷汗を滝のように流し、媚びるように追従の言葉を並べ立てる。私も口をはさめないけれど、坊ちゃまに至っては顔が青ざめ、膝が震えている。めちゃくちゃ怖い。
奥様はため息をつきながら愚痴をこぼす。
「全くもう。菜の花畑で永遠の愛を誓ってくれた時はかっこよかったのに……」
「菜の花畑?」
「この村に伝わる伝統よ。そこで愛を誓い合った夫婦は永遠に結ばれるの」
どこの世界でもありがちな伝統は存在するらしい。
「はあ。全く! 日本の法律になってから不倫や浮気の処罰が軽くなって困るわ」
「昔はどのような罰則だったのですか?」
萎縮しまくっている情けない男どもに代わって会話相手を務める。
「浮気した人に石を投げるのよ。された方の親族や友達をできるだけ呼ぶわ」
なんと野蛮な刑罰だ。不倫だの浮気だの、そんなことは当事者同士の問題だから外野はすっこんでいるべきだと思うのだけど。
「最近浮気を気軽にする人が増えたのは処分が甘くなったからよ。男らしさをはき違えているわ。あなたもそう思わない?」
「そうですね」
(どれだけ処罰が重くてもやる人はやりますよ)
表面上の言葉と内面の意思を完全に分離しつつ今の発言を吟味する。
サヒン様の奥様や、アイシェさんを見ていて思うのだけれど、この国では『男は仕事、女は家庭』という考えが強い。さらに夫婦は一生を添い遂げるべきとも考えられているようだ。なんて古臭い。
(私には合いませんね)
男女の関係は永続しない。ポストイットみたいにくっついたり離れたりを繰り返す関係性がベターだ。
そこで外から誰かが呼ぶ声が聞こえた。
「や、やあ誰だろうな」
サヒン様は逃げるように応対しに行った。が、やや激しい口調で言い争ったかと思うとすぐに戻ってきた。
「とんでもない奴だったよ!」
やや大げさな身振り手振りで怒りを表現している。多分、相手を非難することで話題をそらそうとしているのだろう。
「サヒン様。いかがなさいましたか?」
「宗教の勧誘だよ。それもろくでもない奴さ! 天動説が正しいとか、異種族は悪魔だとか、さらにホムンクルスは神によって創造されていないから殺せなんて言うんだ! あいつらは大事な労働力なのに!」
「それは災難でしたね」
ふうん? 宗教、それももしかすると地球の宗教ですか。地球の一神教はこの世界にとってアウトな信仰が多すぎる。人が神に似せられた、なんて異種族が大量にいるこの世界では禁忌だろう。いや、今の人間一強支配状態ならむしろありかもしれませんが。というかこの世界地動説が信じられているんですね。意外。
それに、ホムンクルスがどう捉えられているかもよく分かった。
「さ、あんな奴らのことは忘れて食事にしましょう」
忘れたいのは奥様の怒りでしょう、という野暮な指摘はしなかった。




