第二十一話 大嵐
ある場所で。
一人の男が容姿端麗なエルフを殴りつけた。
当然ながらエルフは反駁する。
「お、お前誰だ! 何をする!」
「誰だ? 覚えていないのか? お前が俺の娘に何をしたか!」
そう言われてエルフがはっとした。
「い、いや、違う! あれはただ……」
「ただ!? お前が俺の娘を弄んで、娘がどれだけ傷ついたと思ってる!? 報いを受けてもらうぞ!」
エルフの男は反論すらできず、ただただ悲鳴が聞こえるばかりだった。
またある所では、几帳面そうな男性がエルフに厳しい視線を送っていた。
「以上です。何か反論はありますか?」
「まて、待て! 誤解だ! 僕は騙そうとしたわけじゃない! ただ、ただ運が悪かったんだ! そう、僕の恋人たちから借りたお金は倍にして返すつもりだったんだ」
「失礼ですが返済できていません。あなたははっきり言ってただの詐欺師です。幾人もの女性があなたを訴えるために私に依頼をだしました。今までは表立って動けませんでしたが、もうあなたを庇護する人はいません」
美しい顔がゆがむ様子は倒錯的な光景だった。
そして別の場所では。
どうしてこうなったと彼女は心の中で呟いた。
彼女は起業家だった。
若くして優秀であると自認し、他人もそれを認めていた。
誰からも慕われているとうぬぼれてはいなかったが、それでもついてきてくれる人は多いと信じていた。
だが今向けられている視線には悪意しかなかった。
お前はエルフなのだろう。
エルフは俺たちを欺き続けていたのだろう。
どうせ裏切るつもりなのだろう。
さっきから同じような言葉ばかりかけられている。
もはや拷問だった。誰も庇わない。誰も救ってくれない。
こんな時に法の守護者であるはずの精霊は文字化けのような姿になってしまい用をなさない。
(悪夢なら、覚めて……?)
無論目が覚めることはない。ここは現実なのだから。
彼は政治家だった。
一年ほど前に市議員となり、政治家として順風満帆だった。
しかし彼の事務所には今警察が訪れ、寝る間を惜しんで書いた草稿も、預けられた信頼の証である署名も、事務作業のように回収されていく。
今までの努力が砂のように消え去っていく気がした。しばし無気力に眺めていた彼だが、警察が机のあるものに触れた瞬間彼は豹変した
「頼む……それは、それだけは……」
警官が触れたのはバッジ。彼が市議員である証明のバッジ。
彼は警官に縋りつき、懇願する。そんな彼に警官は申し訳なさそうにするだけだった。
「すみません。仕事ですので……」
「仕事……誰の命令だ?」
「それは……」
「わかってるぞ。この国の上だろう? エルフがうっとおしくなったか?」
彼の声は上ずり、狂気に近い相貌に変わっていく。
「いいや。違うな。お前らはただ金を惜しんでるだけだ! オークに人権を認めれば賠償やら生活保護やらでどれだけ金が必要かわかったもんじゃない! それでも政治家か⁉ 金のために人権を見切って嬉しいか⁉」
警官は答えない。
答えるべきではないし、そんな義務もない。
なぜならわめいているエルフに人権はないのだから。
しばらくわめいていた元政治家の彼は誰一人として耳を傾けないことに絶望してすすり泣き始めた。
これらはただの一例でしかない。
エルフの悪行が明らかになることもあれば、謂れのない非難を受けることもあった。
いずれにせよありとあらゆるエルフが人間として生活していた痕跡を徹底的に収集されていた。
すべての人々がエルフに恨みを持っていたわけではない。しかしもしもオークに人権を認めてしまった場合、膨大な金銭と責任が人類にのしかかってしまう。
だからオークという種族、つまりオークと同族であるエルフも同様に人権をなかったことにしなければならない。
社会のための生贄。
ある意味オークとエルフの立場は入れ替わってしまっていた。
そしてそれは誰一人として例外ではない。
立場の貴賤に関係なく。否。もはやエルフに立場という言葉は存在しない。もう彼らはただの動物なのだから。
木村珊瑚は美しい金髪をなびかせながら、目を真っ赤に泣きはらしていた。
木村大山の娘であり、エルフとして貴き身分であるはずの彼女には似つかわしくない顔だった。
いつものように学園で授業を受けていると妙に視線を感じたのだ。そして父から持たされていた携帯テレビでそのニュースを知ってしまった。
エルフとオークが同族であること。エルフの人権がなくなったこと。
彼女にとってショックだったのはむしろ前者だ。
若いエルフには、徹底的にオークは同族だが醜い劣等種だと言い聞かされている。同時にそれにならないように、秘密を洩らさないように厳しくしつけられている。
だが秘密を知られてしまった。
菜月・マフタや、黄ノ助・アテシンをはじめとする学友にも知れ渡っているだろう。彼女たちの顔を見るのが怖い。もしも、拒絶されてしまえば、立ち直れない。
きっともうこの学園にはいられない。それどころかこれから住むところさえあるかどうかわからない。
帰るところはもうない。
話に聞くと彼女の故郷である森にはすでに警察などが押しかけており、誰とも連絡が取れない。
どこに行けばいいのかわからず、顔と耳を隠すようにフードをかぶり、逃げるように学園から去る。
逃亡ではない。
逃亡とは目的地があってのもの。だからこれは、放浪だ。
あてもなく、浮遊霊のように町をさ迷う。気のせいではあるのだが、道行く人々が自分を睨んでいる気がした。
噂話に興じる人々がエルフを罵っているような気がした。
どれだけ歩いていただろうか。
やがて、ある路地裏をふらふら歩いていた彼女は、一見すると明るいが、陰湿な笑みを浮かべた男たちが彼女の前に立ちふさがった。




