第十七話 変異
肌は白く、髪は金髪。年頃は十代半ばと言ったところだろうか。
まさしく本から飛び出してきたような美貌の持ち主。横にいるゴーゼス様とは美女と野獣と呼んで差し支えないほど対照的だった。
猟師たちは困惑しきっていたが、そうでなく、動揺と焦りが強くにじんだのはエルフの警官たちだ。
しかし彼らは精霊を呼ぶ、もしくは実力行使に出ようとした瞬間背後から伸びた手に口をふさがれ、身動きをとれなくされた。
オークの協力者たちは実にいい働きをしてくれた。
心の中でにんまりと笑いつつ、エルフによく似た美女の紹介を続ける。
「このお方のお名前はティボラ様。皆様もよくご存じの通り、エルフ……によく似ています」
周囲に困惑が広がる。似ている、ということはつまりこのどう見てもエルフであるティボラ様はエルフではないということが分かったからだろう。
「ではティボラ様。自己紹介をどうぞ」
軽く勧めると待っていましたと言わんばかりに大声を張り上げた。
「私はティボラ! オークのゴーゼスの孫娘、ティボラ!」
辺りはしんと静まり返った。
しかし一番前にいた男性が義務であるかのように沈黙を破った。
「き、君。何を言っているんだね? 君はどう見てもエルフだろう?」
「そうだ。私はエルフだ。そしてオークでもある」
「は? えっと、じゃあなんだね? 君はオークとエルフのハーフなのか?」
男性は半信半疑と言った様子だ。無理もない。
他はどうだか知らないが、ラルサでは基本的に種族が異なれば子供はできない。ゴブリンなどもその生態ゆえに他の女性に子供を産ませるが、生物学的に子供というわけではない。
つまり遺伝的な意味合いでのハーフは存在しない。
そして、オークとエルフにもハーフは存在しない。では彼女の正体とは?
「否。私はオークとの間に生まれた子供だ。だがエルフの血を引いていないわけではない。というよりも、そもそも……」
ティボラ様は一度言葉を切った。獲物を探す猛禽類のようにぎろりと観衆を見渡し、特に最後にエルフの警官に殺意すら籠った視線を送ってから叫んだ。
「エルフとオークは同じ種族である!」
ティボラ様の決然とした言葉は木霊すら響くようだった。
ほとんどの人々は困惑していたが、エルフの警官は顔を真っ青にして項垂れていた。その反応だけで真相は明白だ。
「さて。そう言いましても皆さん信じられないでしょう。このティボラ様と……」
ちらりとフードをかぶっているゴーゼス様に視線を送ると、彼もそれを脱いだ。
一斉にあたりがざわつく。まさか狩猟対象が堂々と目の前に現れるとは想像すらしていなかっただろう。
「ゴーゼス様が同じ種族であるなどとは」
ようやく動揺が静まり始めた恰幅の良い猟師の一人が尋ねてくる。
「そ、そうだ。いくら何でも姿が違いすぎる! オークとエルフが同じ種族であるはずがない!」
「疑問はもっともです。では反証としてこちらを提出しましょう」
私が合図するとオークの協力者の一人がガラス張りの虫かごを二つ持ってきた。その中には一匹ずつバッタが入っていた。花梨に急いで用意させたオークとエルフの関係性に近い生き物だ。
しかし二匹のバッタは色が異なっていた。
片方は緑色をしているが、もう片方は褐色で色が濃い。
「さて、こちらの緑色のバッタの名前を知っていますか?」
「これはサバクトビバッタか?」
「ええおっしゃる通り。ではこの褐色のバッタは?」
「……いや、知らん。サバクトビバッタに似ているが色が違う」
「実はこのバッタ、どちらもサバクトビバッタなのですよ」
「は? いや、どう見ても違うだろう?」
「見た目は違います。ですがこれは同じ種類のバッタです。学術的な用語では孤独相と群生相と呼ぶらしいですね。要するに特定の条件を満たせば体が変化するのですよ」
バッタなどの昆虫には相変異と呼ばれる現象によって体色や体つき、生態などが変化するものがいる。
ゆったりとした場所で暮らせば孤独相。過密しており、エサが少なければ群生相になる。
大量発生などはこの相変異によって引き起こされる。
「バッタの体が変わるのはわかったが……エルフやオークとどう関係があるんだよ?」
「お分かりになりませんか? 体つきや肌の色が変化するのは生物にとって珍しい現象ではないということですよ」
観衆たちはあっと声を上げそうなほど驚いていた。




