第十五話 淘汰
「エルフから受けた迫害は当初優しいものだった。せいぜい予定されていた食料が届かなかったり、住んでいた場所から追い払われたりした程度だ」
もしもオークに人権があれば大問題になっただろうが、人権がない以上これでもかなり穏やかな対応と言わざるを得ない。
私や雫は恵まれすぎているほどで、異種族ならこんなものだ。
「だがある時事件が起こった。十数人のオークが逮捕され、それを助けようとしてまた逮捕者が現れるという悪循環が発生してしまった。おかげで我々は危険な異種族だと認識されてしまったよ」
「……ずいぶんと都合よく事件が起こるものですね」
「ああ。あまりにもエルフに都合がいい事件だった。今でこそそう思うよ」
事件の渦中にある当事者が必ずしも事件に最も詳しいとは限らない。第三者や後になって振り返るほうが冷静で客観的な事実にたどり着くことはままあることだ。
「我々オークは普段は冷静に振る舞えるが一度火が付くと感情を制御できん。それが法治国家において不利に働くのは事実で、この事件が拡大した原因はそれだ」
キレやすい人と一括りにするのは容易いが、生まれ持っての性格というのは替えようがない。もしもその性格が社会に適合しにくければ一生かけて折り合いをつけていくしかないのだ。
形は違うが私自身がそうだったから気持ちは少しわかる。
「昔ならどうにかなった。我々の武力は万人に恐れられていたからだ。だが、時代は変わった精霊は人の武力でどうにかなる相手ではない。私は何とか仲間を解放してもらうためにエルフに頭を下げた」
「断られたのですか?」
話の結末を予想しての言葉だったが返ってきた返答は意外にも違っていた。
「承諾されたよ。エルフは力を尽くして仲間を助けてくれた。まだ絆はある。そう思った。思ってしまったんだ」
ここで初めてゴーゼス様は顔を歪めた。おそらくこれからがこの話の肝になるのだろう。
「その事件から数年後。体調が悪くなる同胞が増え始めた。特に、以前逮捕された同胞が苦しむことになった」
「病気ですか? いえ、しかし数年もかかって広まったのですか?」
「ああ。何とか伝手を頼って病状を明らかにした。性病の一種だったよ」
……潜伏期間が長い性病。思いつくものはあるがいったんそれは棚上げにして疑問を口にした。
「つまり。その性病は意図的に広められたと思っているのですね?」
「そうとしか思えん。そして病が広がるのとほぼ同時にエルフの弾圧がより激しくなった。すべて計画されていたのだよ」
増えすぎた動物に対して病気を広めて駆逐するという手法は地球でも行われている。
しかしそれを知的生物に用いたことは……ああいや、アステカ文明を滅ぼすために感染症が持ち込まれた話があったか。
なんにせよ、存在そのものを否定するかのようなとてつもない悪意を感じる。
「少し質問してもよろしいですか?」
「なんだ?」
「性病が広まるとしても性行為を行った相手だけのはず。それほど急激にオークの間で広まるのはおかしいはずです」
もちろん特定の職業についている人なら話は別だが。
「ああ。それは我々の結婚様式が関係している。外の人間に説明するのは難しいが、我々は一家単位で家族を構成しているのだ」
「一つの家に住むものならば遠慮なく関係を持つということですか。一夫一妻ではないのですね?」
「そういうことだ。これは確か法律違反なのだったな。昔はエルフも同じ暮らしだったが、今では一夫一妻になっているらしい」
「それを見越して性病を広めたのでしょうね。治療などは……」
「できるはずもないだろう。病人として苦しむのを見るのもつらかったが、より悲惨だったのはかつて逮捕され、結果的に性病を広めてしまったものたちだ。その大半は自殺した」
ただでさえ迫害されている同族をより窮地に追い込んでしまったのだ。計略にはまってしまっただけで何の責任もないとはいえ罪悪感は耐え難いものだったのだろう。
そして病気が私の想像通りなら、子供にすら引き継がれているはずだ。
現在と未来、その両方を奪われた絶望は……実に見てみた、いや、そんなことはどうでもいい。
今の私は法律家。
個人の趣向よりも仕事を優先させなくては。




