第十四話 大鬼
地図に書かれた場所を訪れると煉瓦造りの家の前で栗色の髪をした優しそうな中年女性が手を振っていた。
「あんた観光客かい?」
「いいえ。仕事です。法律家をしております」
「ほう。法律家さんかあ。ああそうだ。ちょっと尋ねたいことがあるから家の中に入ってもらえるかい?」
「ええ。そのために来ましたから」
少し声をひそめると、女性もわずかに厳しい顔をした。そして家の中へと私を招いた。
暖簾のようなカーテンをくぐる。
家の中は開放的で風が通り抜けやすい構造になっていた。おそらく真夏の暑さをやり過ごすための工夫なのだろう。冬はどうするのかわからなかったが、その疑問は目の前にぬっとあらわれた巨影にさえぎられた。
おそらく身長二メートルほどの人物がフードをかぶっており、顔はもちろんコートによって体つきさえも判然としない。だが
「ここに私を呼んだのはあなたですか?」
「そうだ。私はゴーゼス。オークの族長ゴーゼスだ。もっとも数日後には種族そのものがなくなるかもしれないがな」
そう名乗ってゴーゼス様はフードを脱いだ。
やや浅黒い肌に獰猛そうな牙。刈り込まれた髪が目立ち、目つきは鋭く、いかめしい。彼を見れば十人中十人が凶暴な戦士の顔つきだと証言することは疑いようもなかった。
だがしゃべり方は知的で紳士的だった。
「初めまして。私は法律家の小百合です」
「知っているよ。いろいろとな。異種族だが法律家をやっている変わり者。最近では獅子ヶ浦での騒動を解決し、事後処理も担当した。そのせいでエルフと敵対していることもな」
少し調べればわかるとはいえなかなか用意周到だ。
オークは粗暴と聞いていたが、それはやはり誤ったイメージなのだろう。いや、もしかすると意図的にそういうイメージを植え付けられていたのかもしれない。
「事情をご存じなら話は早いですね。私には犯罪を行うエルフを逮捕する義務があります。もし何かご存じならば教えていただけませんか?」
「協力したいのはやまやまだがな。奴らは思った以上に周到で、同時に執念深い。決定的な証拠は残さんだろう。だがここに来たということはこの討伐……いや、狩りごっこがエルフの差し金であることは理解しているのだな?」
「それは予想済みですが用件はもう一つあります」
私は藤原夫妻の娘について軽く説明した。ゴーゼス様は少し難しい顔をしていた。
「残念だがその娘の行方については知らん。というか気にする余裕がないな」
「今まさに存亡の危機ですからね」
「そういうことだ。ではお前は何故これほどまでにエルフが我々を排除したがるか知っているか?」
「存じませんね。歴史的に恨まれているだけでは?」
もちろん嘘だ。
私はもうある仮説が間違いないものと確信している。だがそれはできればこの人の口から語ってほしい。
「……歴史か。そんな生易しいつながりならよかったのだがな。少し昔話をしよう。奴らの悪行を知っておいてほしいからな」
「勇者様が来てからの話ですね」
「そうだ。あの男が来るまで我々とエルフは同盟関係にあったと知っているか?」
「はい。あなた方は武力を。エルフは経済を支援する関係だったと聞いております。ですが……」
「そう。知っての通り我々は手ひどい裏切りを受けた。しかしそれでも奴らにもまだ情が残っている。そう信じていた時期があったのだ」
過去形であるということは裏切りよりもさらにむごい仕打ちを受けたということなのだろう。
淡々とした口調からはその気持ちを推し量ることはできないが、おそらく凄惨な結末を迎えるという予想は容易だった。




