第十三話 街角
いつものようにいきなり快活な声と共に自宅に菜月様が現れたのは藤原夫妻から依頼を受けた翌日のことだった。
「見つけたわよ!」
「早すぎませんか⁉」
飾り気がないが品の良いロングドレスを身にまとった菜月様は自慢げだったが、それも当然だ。
失踪した人間をこんなにも早く見つけられるなど地球のどんな探偵よりも優秀なのではないだろうか。
「あ、でも手がかりだけなのよ。だから見つけたって言うのは言い過ぎね」
「いえ、それでもすごいですよ? どうも物品の購入を自分でしていないようですし、かなり警戒していると思っていましたが」
ラルサでは精霊による電子通貨に近い精霊マネーが普及しているおかげで、きちんとした許可さえあればその足跡を追うのは容易だ。
社会に生きるのならば何かを購入することは避けられない。それを隠す一番単純な方法は協力している誰かに生活必需品を買ってもらうことだ。だからこそ、エルフが関与しているという説には一定の説得力がある。
人一人を養い、匿うというのはそれなりに権力や財力が必要だ。
「んーまあ、偶然がいろいろ重なったんだけどね。失踪した子が珊瑚の友達の友達だったみたい」
「……友達の友達って……それはもはや他人でしょう……」
何人か友達を辿れば大統領にもたどり着くという仮説を聞いたことがあるが菜月様ならもしかすると物理的にたどり着いてしまうかもしれない。
「いえ、そんなことより……その友達とやらはエルフですか?」
「そうね。で、そのエルフの友達の行方をちょこっと教えてもらったんだけど……厄介なことになってるみたいね」
「厄介? よほど遠い場所なのですか?」
「ううん。ここから南西にあって、ダンジョンを二つくらいまたげば行けるから遠くわないわよ」
「では、何が?」
「その町で最近オークの集落が発見されたらしくて討伐が行われるみたいなの」
「……その討伐、主導しているのはエルフですか?」
「え、うん。なんでわかったの?」
「木を隠すなら森という奴です。エルフが集まっている場所に行けば行方が追いづらくなるかと」
嘘だ。
私はエルフがオークを目の敵にする理由に心当たりがある。だからオークの討伐にはエルフが何かを手を伸ばしていると予想したのだ。
「あーまあそうなのよね。結局私もそれ以上行方を追えなかったし」
「それで結局その町は何という名前なのですか」
「新目野っていうの。昔はハラブとか呼ばれてたかしら」
それはエドワード様が言及していた町の名前だった。今、新目野で何が起こっているのだろうか。
それから数日後。
私は新目野の町にいた。煉瓦造りのキレイだがどこか荒涼とした雰囲気が漂っている。
街中だが乾いた風が吹きつけ、ちらりと見える荒野には背の高くない草木がまばらに生えている。
典型的なステップ気候に区分される地域だった。
街中には少しガラの悪そうな猟師らしき人物やそれとは対照的に身なりの良い暇人……もとい貴人がたむろしていた。
オークの討伐と銘打っているものの、オークを討伐すると報奨金がもらえたり、キャンプ道具なども支給されるため、遊び半分や金目当てのハンターも少なくなかった。
総じていえることは全員高揚しているということだ。前世において狩猟とは無縁の生活を送っていたし、何度か狩りの真似事はしたが、本当に大規模で集団的な狩猟は初めての経験だ。
(雫を連れてきたほうが良かったかもしれませんね)
心の中で少し後悔する。
だが雫には菜月様と共同して別の仕事を頼んでいるし、花梨はこういう鉄火場には不向きだ。
何とかして私一人で目的を遂行しなければならない。
私の目的は二つ。
藤原夫妻の娘の行方を探ること。
もう一つはオークとの接触。最悪でもオークの肉体の一部を手に入れなければならない。オークが絶滅してしまうと私にとってまずい事態になりかねない。
とはいえきちんと公共事業として成立しているこの討伐を防ぐのは難しいし、この中から人一人を見つけ出すのもまた、非常に困難だ。
(さて。どうしたものですかね)
空を見上げる。
雲一つない青空が広がっている。もしも数日後に雨が降るとしたらきっとその色は赤だろう。
ふと視線を落とすと
小柄な男性がにこやかに話しかけてきた。地元住民のように見えた。
「おや。珍しいね。女性がこういう狩りに参加するなんて」
「いえ、私は別件の仕事がありまして」
「ああ、そりゃ災難だねえ。仕事なら難しいかもしれないが、もしも暇があったらここに行ってみるといいぞ。きっと面白いものが見れるはずさ」
にこにこと、男性は地図を差し出してくる。その地図には大きく丸がついている。
そして、この男性は表情こそ穏やかだが目は笑っていない。つまりこの人は何か目的があって私に近づいており、地図に示された場所も決してただの観光地ではないはずだ。
私もにっこりとほほ笑む。
「ありがとうございます。時間を見つけて行ってみたいと思います」
地図を受け取ると男性はすぐにどこかに去っていった。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか。行かないという選択肢はありませんよね?」
独り言はもちろん誰にも聞かせるつもりはなかった。




