第二十二話 講義
「案内人の精霊が魔物を処罰した条例違反を覚えているか?」
「精霊を出していなかったこと。精霊を攻撃したことですね」
「その通り。ではなぜそのような条例があると思う? まずはヤルド」
ますます教師らしい口ぶりになっていた。
「え? えっと、危ないからですか?」
確かにもっともな理由だ。だがそれでは三角にしかならない。
「間違いではない。小百合はどうだ? ここで正答しなければ主に恥をかかせることになるぞ」
挑戦的な視線だ。いいでしょう、乗ってあげましょう。
「合法的に魔物を攻撃するためですね。人間が身の安全を確保するだけなら暴行罪だけでも問題ないはずです」
暴行罪は他人を直接傷つけずに害する行為全般を指す。傷害罪に未遂がないのはこれが傷害未遂に近いため。吠えながらこちらに突進するなどという行為はこの罪に該当する。
ただ恐らく暴行罪は人間に対して適用される罪だ。異種族に対しては適用されない。
「そうだ。ダンジョン管理条例には魔物を素早く処理する目的もある。ある意味異種族を守るために存在する」
「そ、そうなんですか?」
おい案内人。何故あなたまで驚いているんですか? 冷静に考えればわかるでしょう。
「ああ。君たちのおかげでこのダンジョンは安全が保たれている」
エドワード様の嘯いた言葉に感動するようにうなずいている。これもまた人間の異種族支配政策の一環だろう。人間がダンジョンの安全に寄与するとわかれば反感も少なくなる。
「昔、冒険者だったころは命がけでダンジョンに潜ってもギルドに利権を握られているせいでろくに金が入ってきませんでした。でも今は公務員として社会の役に立つことができているんですね」
夢と希望を胸に異世界転生して冒険者になろうとした俗人の夢をぶち壊す発言ですね。まあそりゃたいていの人間はロマンより命を取るでしょうけど。
「これでわかっただろうが、ラルサは上手く条例を扱っている。無論偉大なる日本の法律にすべて従っているがな」
偉大、か。そんな大したもんでもないですよあの国。
とにかくここの国民は日本を神聖視しすぎている。
ラルサ王国は日本から押し付けられた法律を変えられないから無理矢理条例で辻褄を合わせている状態なのだ。そんな現状を国民は甘んじて受け入れているのか。誰が奴隷なのかさっぱりわからないですね。
「そういえば先ほど中位精霊を最初から呼んでおきませんでしたよね。もしかして相手の罪によって呼べる精霊が決まっているのですか?」
「ああ。中位精霊は懲役刑で四年以上に相当する犯罪者に対してしか呼べない。上位精霊は十年以上。大精霊は十五年以上だ。それ以下は全て下位精霊。普段呼ぶものもほぼそうだ」
結構重い罪でなければ中位精霊以上は呼べないらしい。普通の人間なら下位精霊でさえ勝機はないので当然ではある。
ふと道の先を見ると交差点に差し掛かっており、そこに別の案内人がいた。
「どうやらここまでのようだな」
「はい。大変貴重なお話を聞かせていただいたこと感謝いたします」
「構わんさ。私の生徒たちに爪の垢を煎じて飲ませたいくらい優秀だったよ。もうすぐ司法試験が始まるというのにあの生徒どもはいつも子供気分で困る」
教師として実に陳腐な愚痴だった。
「それに……君の父親はケレム・ヤルドか?」
「え? お父さんを知っているんですか?」
「何も知らされていないのか? ふむ。そこの案内人に聞くといい。この場所は君と縁がある」
そう言い残すとエドワード様は杖をつきながら歩き去った。




