第二話 童話
『報告は以上です』
電話鳥からの知らせを聞き、一応成果は上がったことを確信し、安堵した。
携帯テレビを始め様々な通信機器が発明されたとはいえいまだに電話鳥がラルサで最も普及したツールであることは疑いようがない。
「ご報告感謝いたします。メロウ様」
『命令だからな。エドワード先生は多忙だ。小百合。お前も先生の手をあまり煩わせるなよ』
「はい。それはもちろん」
電話の相手、法律家のアタ・メロウ様は見下した様子で電話を打ち切った。それからようやく違和感に気付いた。
「もしやメロウ様から名前を呼ばれたのは初めてでしたか?」
私こと竜胆小百合はホムンクルスの法律家という固有名詞に近い肩書を所有しているせいであまり親しくない相手から名前を呼ばれることが少ない。
少なくとも表面上は私を見下しているメロウ様から名前を呼ばれるのは新鮮な驚きだった。
彼に心情の変化があったのか、それとも何かあずかり知らぬ理由があるのか。
「良い兆候だと思っておきましょうか」
普段着のメイド服を整えつつ、執務室に戻る。やはりと言うべきか、ふわりと紅茶の香りが漂っていた。
仕事がひと段落ついたところを見計らい、雫が紅茶をいれてくれているのだろう。気の利く妹だ。
部屋に入ると笑顔で迎え入れてくれた。
「本日の業務はこれで終わりですよね? 紅茶とお菓子の準備はできています」
「ええ。一息入れましょう」
終了したのは法律家としての業務なので侍従としての仕事は終わっていないのだが、少しだけ休む時間は必要だった。
ゆるりと椅子に腰かけ、紅茶を口に含む。安心できる味だ。
「エルフたちはどうなりそうですか?」
雫の質問は気になったというよりも愚痴があれば話してくれという気遣いに類する質問だったのだろう。
「一応汚職、隠蔽……つまり賄賂罪、職権濫用罪、証拠隠滅等罪で逮捕者は出ていますが……あくまでも末端の人員ですし、なにより容疑者全員の口が異常に固すぎます。本丸に迫ることはできなさそうです」
普通の人間なら逮捕されれば口の戸はこじ開けられる。公的権力に抗える人間はそう多くない。
芋づる式の逮捕というのは逮捕者が口を割ることで起こる。が、そろいもそろって口を閉ざされると一人逮捕しただけで終わり、ということになる。エドワード様が司法取引などをちらつかせても全くなびかない。
地球の犯罪組織、それこそマフィアやヤクザでさえここまで徹底していないのではないだろうか。組織というものは大きくなればなるほど末端の質が下がるはずだ。裏切り者の一人や二人出てもおかしくないはずなのに、その気配が一向に見当たらない。
ここまでくると生物としての精神性が違うとしか思えない。
「今回も逃げられてしまうということでしょうか」
雫の可愛らしい顔が曇る。
エルフには私も煮え湯を飲まされたので罰の一つや二つ与えたいところなのだが、敵もさるもの引っ搔くもの、だろうか。
「ここまでくると相手が尻尾を出すのを待つしかなさそうですね」
エルフだってせっかく今まで築いてきた地位や権力の一部を失うのは避けたいはずだ。焦って悪手を打ってくれればそこに付け込めるのだが。
「それにしてもエルフは思った以上に根を深く張っているのですね」
「そうですね。政界、財界、その他もろもろ。雫。エルフがここまで権力を持つようになった経緯……いえ歴史は知っていますか?」
「あまり詳しくは知りません。よろしければご説明いただけますか?」
誰かに説明するのは自分の理解を深めるうえでも役に立つ。雫は結構聞き上手なのでストレスなく話せるだろう。
「そうですね。ではまずエルフという種族について話しましょうか」
何度も読んだ資料を頭の中でめくりつつ、語り始めた。




