第二十一話 紹介
「案内人。中位精霊を呼べ。下位精霊では勝てん」
「は、はい! ダンジョン管理条例違反! 鋼と大地の中位精霊トリオメル!」
ん? 下位精霊と中位精霊が同じ名前なのかな? いや、トリオメルというのは種族の名前でその中で階級が分かれているだけなのかな?
毒々しい色をした二回りほど大きくなったクラゲが現れ、機械音声のような声がダンジョンに響き渡る。以前聞いたシュトートの声に比べると低く、男性のようだった。
『ダンジョン管理条例第三条。精霊の召喚義務違反。同条例第四条。精霊への攻撃禁止違反。刑を執行』
オルトロスは怪獣のように吼え猛り、巨大クラゲに迫ろうとする。だが、一歩も動けなかった。オルトロスの足が床と一体化したように地面にめり込んでいた。
「中位精霊を見るのは初めてか?」
「はい」
表面はすまし顔だけど、恐怖で顔が引きつりそうだ。精霊は予想よりとんでもない存在だ。
「もともと精霊は異界に存在する何者からしい。我々はその影の一部を切り取って利用しているにすぎん。一部であっても我々には抗えぬほど強大だがな」
地面から突然生えてきた槍のような突起がオルトロスを突き刺す。しかしそれでもなお前進を続けようとしていたオルトロスだが、天井から降ってきた大岩に潰されて動かなくなると煙のように消えた。どうやら魔物は死体が残らないらしい。
「下位精霊は触れた物質に異界の法則を与え、我が物にする。中位精霊はその範囲が広がり、触れずとも相手を殺傷する。上位精霊は中位精霊よりも広大な空間に影響を及ぼし、異界の法則が永遠に残り続ける。大精霊は……説明する必要もないか」
「そのようですね」
中位精霊なら多分戦車ぐらいあっさり破壊できるだろう。ならその上にいる上位精霊や大精霊は一体何なのか。戦艦? それとも核ミサイル?
はっきりわかるのはこの国を武力でどうこうするのは不可能だということ。何しろ人間ならば誰でも武力のある精霊を呼べるのだから。
(私にとってはありがたいかもしれませんけどね)
暴力だとか魔力だとか、天性の素質だとか、そういうものによって決まっている世界ではない。法律という少なくとも人権があれば建前上平等でならなければならないルールがすべてであるこの世界は、元詐欺師である私には存外住みやすい。
ルールの抜け穴をつくのは結構得意だ。
「エドワード様。失礼ながら一つ質問をしてもよろしいですか?」
「聞こう」
「先ほどの魔物はエドワード様が倒してもよかったのでは?」
「それは少々手間だ。私は法律家だ。見ればわかる……いや、お前は産まれてからまだ時間が経っていないホムンクルスなのか?」
「はい。まだ一月も経過しておりません。法律家というものもよくわかりません」
やや驚いたように顔をじろじろと見てくる。
「法律家はその名の通り、法律に基づく判断を行う存在だ。弁護、訴訟、裁判のすべてを行う。日本の法律ではそれらが別れているので以前より資格が複雑になったがな」
地球では弁護士、検察、さらに行政書士や社会保険労務士など法律職と一口に言ってもかなり細かく区分けされているが、ここでは昔そうでもなかったらしい。
「なるほど。丁寧な説明、感謝いたします」
「さらに法律家は必ずある法の精霊と契約しなければならない。法の精霊は現行犯ではない罪人を裁くことができるが、通常の精霊とは違い契約者の身を守らない」
「だから案内人に頼む必要があったのですね」
この世界は法によって厳格に統治された世界。ならば法を司る精霊が特別な位置にいるのは当然か。逆を言えば現行犯ならどんな精霊でも相手を攻撃できる。これは法律的にも正しいはず。現行犯なら誰でも他人を逮捕できるのだ。
「しかし二種類の精霊と契約すればよいのでは?」
「本当に知らんのだな。複数の精霊との契約には今の時代でさえも指数本ほどの代償が必要になる。別の精霊と契約しなおす方が賢明だ」
自分の指を思わず見つめる。この美しい指が失われるのは耐えられそうにない。
「それでは進もうか。道すがらまだ講義は続けるがな」
「こうぎ?」
「授業のことですよ」
「あ、講義か。エドワードさんは教師なんですか?」
これに答えたのは案内人だった。
「エドワード様は現役の法律家ですが、法学校の教師も兼ねておられます」
納得した。道理で人に物を教えるのが好きなわけだ。
「自己紹介さえまだだったな。エドワード・デミルだ。エドワードでいい」
「藤太・ヤルドです」
「小百合と申します」
ヤルド、という名前を聞くとピクリと眉を動かしたが、すぐに彼の言うところの講義を再開した。




