第四十四話 自己
ポカンとしているネットイナゴもどきをじっくり観察する。怒りや驚きよりも戸惑いや憤りが強いと感じた。
自分がなぜここにいるのかわからない。どうして精霊が召喚されているのか。そんな声も漏れ聞こえる。
原則として異界は大精霊でなければ顕現しない。つまりその時点で誰かが罪を犯したことは類推できる。そこまで頭が回らないのか、それとも別の誰かが犯罪を行ったのであって自分は巻き込まれただけだと思っているのか。
思わず笑ってしまいそうな滑稽さだ。
もう少し眺めていたかったけれどこの後も予定は詰まっているし、何よりこれ以上の痴態が拝めるのだから早く進行したい気持ちもある。
手に持ったメガホンを口元に運び、全員に呼びかけた。
『皆様、お集まりいただき誠に感謝します』
今まで目線をさ迷わせるばかりだった被疑者たちが一斉にこちらを向く。
このメガホンも精霊石を応用して作った花梨の発明品の一つで音を拡大させる機能がある。
『まず現状を把握していただきたく存じます。あなた方は容疑者として異界に招致されました。本来ならば一人ずつ呼び出すべきなのですが何分数が数ですのでご承知ください』
言語で逮捕状を叩きつけると、まっさきに反駁したのはスーツを着込んだ真面目そうな男性だった。
「待ってください。私が何をしたというのですか」
私たちではなく、私という言葉を使うあたり、自分だけは違うと言いたげだ。
『お分かりになりませんか?』
挑発すると男性は露骨に顔をしかめた。
「はっきり言って不快だ。私は罪を犯したことなど人生で一度もない」
さすが。日がな一日石を投げ続けている連中は言うことが違う。
『失礼ですがお名前は?』
「私の名前はサラム・山田だ。異京の銀行に勤めている」
銀行員であるのなら、一介のサラリーマンに過ぎないのだが、それがさも素晴らしいことであるように語っていた。
自己顕示欲強し。
心の中でそうメモを取る。
『ミステラ。彼の罪状を説明してください』
『主に侮辱罪、名誉毀損罪だ。結構派手にやってんじゃねえか』
「侮辱罪? 名誉毀損罪? そんなことを私がしているはずはないだろう!」
憮然とした態度で、正義は自分にあるとばかりに厳粛に(少なくとも彼の視点からは)抗議をしてくる。
ならばシンプルに物理的な証拠を示すだけだ。
『こちらの用紙にあなたが携帯テレビを利用して書き込んだと思しき文章があります』
ぴらりと一枚の紙を差し出し、それを読み上げる。そこに書いているのは先ほどサラム様が携帯テレビに書き込んだ文章だ。
『森初雪は断罪されるべきである。彼女は自分の責任を認めようとせず、他人を攻撃してばかりいる』
……お前が言うな。そんな言葉が聞こえてきそうな言葉だった。
しかしそれを聞いたサラム様は、ポカンと口を開けてからこう言った。
「ええっと……それの何が悪いのですか?」
ちなみに彼は本気で言っている。恐ろしいことに周囲の人間の大部分は彼の主張に同調しているようだった。
噛んで含めるように、小学生の道徳の授業よりも優しく説明する。
『まず何故森初雪様が断罪されなければならないのですか?』
「犯罪者の子供なんて存在してもしょうがないでしょう? 当り前じゃないか」
『そんな法律はありません』
「はあ? だからどうしたんですか? たとえそうだとしても彼女には犯罪者の子供としての責任があるでしょう!」
(いや、どんな責任ですか)
おそらく彼の中では犯罪者の子供=悪という認識が出来上がっているのだろう。ちゃんと社会の授業を受けたのだろうか。
『親の犯罪が子供に引き継がれるなどあってはなりません』
その言葉に反応したのはサラム様ではなく、少し後方にいた眉目秀麗な少女だった。
「何言ってるの! そんなはずないでしょう!」
「失礼ですがあなたは?」
「松本涼香よ」
犯人の五十音順に並べられた中傷文章をめくりつつ、質問する。
『松本涼香様。何か反論があるのですか?』
「当然じゃない。子供だからって罪から逃れられるわけじゃないわ」
『いえ、そもそも罪がないと言っているのですが……』
「それが逃れてるって言ってるのよ。ちゃんと親族も裁かない司法に責任があるのよ」
『日本の法律にそのような文言はありません』
「それは法律家が無能だからよ! ちゃんと読めばそう書いてあるわ!」
六法全書を開いたこともないくせによくそんなたわけたことが言えるものだ。これこそ馬の耳に念仏という奴だろうか。
ようやく松本涼香様の中傷内容を探し当てたので読み上げる。
『松本涼香様。あなたは森初雪様に対して何度も侮辱的発言を行っていますね。容姿や心根が醜いだとか……百二十五件。よくもまあこれだけ悪口が出てくるものです』
「あの女が醜いのは事実でしょう? 事実を言って何が悪いのよ」
『侮辱罪は事実を指摘しても、しなくても成立します。相手が傷つく言葉を書き込めばそれはもう犯罪なのですよ』
「そのくらいの悪口気にしなきゃいいのよ! 私だって悪口くらい言われたことはあるわ。みんな苦労してるのに何であいつだけ擁護されなきゃいけないのよ!」
美貌から放たれる悪あがきのなんと醜いことか。そろそろ楽しくなってきた。素晴らしい芸術品を汚す快感があるとしたらこんなものだろうか。




