第四十話 劇場
透き通る青空の下、古代ローマの円形劇場を模した劇場で所狭しと雇われ人が動き回る。大半は黄ノ介様の差配だ。
劇場の舞台には机が置かれ、今から記者会見でもやるかのように場が整えられている。過去に、テレビ局のディレクターでも転生していたのだろうか。
さらに円形劇場の舞台が一望できる開けた場所にはやや大きな映写機のようなものが設置されつつあった。これは映写機ではなくビデオカメラに近いものだ。
この世界の携帯テレビは画像や文字を送受信する機能があるが、動画を送信することはできず、受信しかできない。……まあそもそもビデオカメラそのものがラルサに数台しかない花梨の発明品なので、これが大々的に行われる初めてのテレビ放送になってしまう。
記念すべき初めてのテレビ放送が謝罪会見の予定とは……なんとも順序のおかしな世界だ。
ひとまず準備そのものは滞りなく進められていたが、主演の顔色はよくなかった。
「カムラ様。緊張していますか?」
私はいつものように侍従の服を着こみ、リラックスしていたが、カムラ様の顔は青く、最近持ち歩くようになった杖を取り落としそうになっていた。
「き、緊張なんざしてねえよ」
その言葉だけでどれだけ緊張しているかを想像するのは容易い。そして一方、初雪様はもっと深刻だった。
表情はきりっとして引き締まっていたが顔色は青い。やせ我慢しているのが簡単にわかる。
二人の不安は別種類のものだ。
カムラ様は演技がうまくできるのか不安なだけだが、初雪様は不特定多数の人々に顔をさらすこと自体に緊張、いや、恐怖を覚えている。
あれだけ悪意で傷をつけられれば怯えるなというほうが無理だろう。少しばかりメンタルケアをするとしよう。
「初雪様。怖いですか?」
「こ、怖くないもん」
「それはよかった。でもあなたを中傷している連中はあなたのことを怖がっていると思いますよ」
「え、ほんとに?」
「ええ。今から何を言われるのか。糾弾されないか。咎められないか。外面は強い言葉を使っていますが、内心ではびくびく震えていると思いますよ」
「あいつらが……私を?」
半分ははったりだ。もちろんそう思っている奴もいるかもしれないが、大半はそんなことを考えてすらいないだろう。
しかし怖がるなと言っても逆効果になるだけだ。自分よりも怖がったり緊張している奴がいると告げ口したほうが案外心は軽くなるものなのだ。
その証拠に初雪様の頬は少しだけ赤みがさしていた。
「お姉さま。初雪様。カムラ様。お時間です」
雫がひっそりと開演が迫っていることを告げた。
「では、お二人とも。よろしいですか?」
「おうよ。文字と紙の精霊エアハード」
「うん。文字と紙の精霊エアハード」
二人が同じ精霊を召喚し、二組のまだらの蛇がするすると宙を舞う。
「では、始めましょう。法の精霊ミステラ」
私もミステラを呼び出し、それを合図に初雪様とカムラ様が壇上に立つ。
そしてベルを鳴らして放送の開始を告げた。
謝罪会見という名目で放送は始まった。
カムラ様は憮然とした表情で、初雪様は悲し気に目元を伏せていた。意外と二人とも様になっている。
手元の携帯テレビで映像を確認すると、二人ともばっちり映っていた。ちなみに掲示板を確認するとはやし立てるような投稿がこれでもかとばかりに散見していた。
「私は森初雪と申します。この度森セムザが起こしてしまったメチル水銀中毒症状、通称獅子ヶ浦病の事件について謝罪したいと思います」
「私は被害者の会、会長のカムラです。彼女の謝罪を見届けたいと思います」
再び掲示板を確認すると……いやはや、人間の醜悪さをこれでもかと見せつけるほど盛り上がっていた。
「雫。サクラは必要ありません。このまま放送を続けましょう」
この謝罪会見という名の演劇を行う理由は可能な限りこの放送を炎上させるためだ。念のために煽り役を用意していたが、もはや必要ない。
無言でうなずいた雫はスタッフに指示を下していた。……成長しましたねえ。しみじみと妹の進歩を喜ぶが、あまりぼけっとはしていられない。
二本指を前に突き出す。あらかじめ決めていたゴーサイン。ぐだぐだと時間をかける必要はない。もう決めてしまおう。
「まず初めにご迷惑をお掛けした皆様に謝罪したいと思います」
初雪様はぴしりと背を伸ばしてから、九十度腰を折り曲げ、謝罪する。
しかし。
がばっと顔を上げてから、今までのうっ憤を晴らすかのように叫んだ。
「なんて言うわけないじゃない!」
賽は投げられた。




