第三十七話 参照
「管理している業者がいない……? じゃあ誰が管理しているんだ?」
まあ今まで誰かが管理しているという前提で議論が進められていたから、カムラ様の困惑も無理もない。
「誰も管理していません。というか実を言うと携帯テレビが立体映像を投影する原理自体がよくわかっていないのですよ」
「え!?」
「ほんとかよ!?」
二人の視線が携帯テレビの開発者である花梨に集中する。
「えーと……精霊石が光を増幅させたり、遠隔地の精霊石に立体映像を投射する原理はよくわかってないけど、経験則で作り上げたっていうか……」
これだから天才というのは……理屈をすっ飛ばして結論だけを手に入れるから始末に負えない。
「ちなみに初雪様はどうやって携帯テレビの文字や画像を発信したい相手に送っていますか?」
「え? それは相手の名前の文字を書いたり、名簿を見て送るけど……」
「では、同姓同名の相手がいればどうなりますか?」
「えっと……どうなるの?」
「なぜか、送りたいと思った相手にだけ送信されるそうです。この辺は電話鳥も変わりませんが……本当に何故間違いが起きないのか理論だった説明ができないのですよ」
思わずため息をつく。
ラルサでもいわゆる電子掲示板のようなものはすでに発生している。が、それを誰が管理しているのかと言われると本当にわからない。エドワード様も調べているようだが、どうも何らかの超自然的な力が働き掲示板のようなものが突如出現したとしか思えないらしい。
理論や理屈よりも現実において可能であるという事実が先んじるということはままあるが、法律家として事件を扱わなくなるのならそうも言ってられない。
「さらに付け加えるのなら、携帯テレビのシステム的に個人情報を閲覧するのは不可能です。そもそも誰が書いているのかわからないのですよ。誰にも」
「つまりなんだ? 相手も何もわかるわけねえってことか? じゃあなんでなんとか責任法があるんだ?」
カムラ様の質問への答えは簡単だが、あまりしゃべりすぎると転生前の知識持ち込みになってしまうため、断言するわけにはいかない。あくまでも推測として語る。
「おそらくですが……偉大なる日本国において個人情報は記録され、管理されているのでしょう。ですが……」
「今の私たちの技術じゃ無理なんだ。ごめんなさい」
花梨がぺこりと頭を下げる。
かわいい妹に頭を下げさせるのは不本意だが、本人が謝るべきだと思っているのならその意思を尊重するべきだろう。
電話鳥にしても携帯テレビにしてもそうだがとにかくラルサの発明品は記録することが苦手だ。だから証拠として採用するのがとても難しい。それでもちゃんと裁判の証拠品として認められているものはある。
「初雪様。カメレオンカメラなどで誹謗中傷の文言を撮影していたりしていたことはありますか? あれなら一応証拠品にはなります」
「あるわけないじゃない……」
初雪様は悔しそうに唇を噛む。
これは地球でも同じことがいえる。誹謗中傷にせよ、パワハラにせよ、記録を残すことが大事だ。
録音、スクリーンショット、それこそメモでも構わない。物理的な証拠があるのとないのでは天と地の差がある。
「ねえ。その証拠っていうのはそんなに大事なの? 私はすごくつらいのに?」
「難しいですね。法律というのは相手がいて初めて成立しますし、どうも精霊は過去の事実を推測するのが苦手みたいですし」
「……? どういうこと?」
少し難しすぎたらしい。ならたとえ話で説明しよう。
「そうですね。血だらけで倒れている人と、その横でナイフを持ってたたずんでいる人がいたとします。誰が何をしたと思いますか?」
「ナイフを持ってる人が倒れてる人を刺したんじゃないの?」
「普通の人間ならそう判断するでしょう。ですが精霊は違います。仮にそこに精霊がいたとしてもただ人が負傷しているという事実と隣に人がいるという事実を認識するだけです」
「そ、それじゃあ精霊なんて役に立たないじゃない」
「ええ。しかしそこで誰かが、その人殺しを捕まえろ、と精霊に命令すると迅速に行動するでしょうし、ナイフを持った人から反論があったとしても何らかの証拠や証言があればナイフを持った人を捕まえるでしょう。だから常に精霊は確実な事実さえあれば機敏に動きますが、明確な証拠がなければ一つずつ証明するしかないのです」
だからこそ法律家は常に証拠と証明を求めている。
しかし匿名性を盾にされると非常に動きづらい。
重苦しい沈黙が支配する。だがもちろん何の策もないわけではない。問題は二人がどれだけしゃべれるかどうかだ。
ここから先はまだ誰にも話していない。
「ですが、一つ、一斉に誹謗中傷の加害者を逮捕する方法があります」
「ほ、本当に!?」
「もったいぶるな。さっさと言ってくれ」
「では、その策を実行するにあたり聞きたいことが一つあります。初雪様。カムラ様。演技の経験はありますか?」
二人はそろって怪訝そうな顔をした。




