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第二十七話 浄水

 荷台に載せられたそれは、ややこしそうな計器類に加え、錬金術の触媒などが取り付けられており、見た目だけなら最先端技術の結晶ですと言われても信じてしまいそうだった。

「森主任? その装置はいったい何ですか?」

「我々の技術の粋を集めて作られた浄水器です」

 森主任は自信満々に言い切った。そのまま持論を展開する。

「我々はこの浄水器により排水の浄化を万全に行った後、川に放流しています。よって絶対に危険性などありません」

 この世に絶対などというものは存在しないことだけが絶対の真理として存在するはずだが、この絶対という言葉には人を引き付ける魔力がある。それなりに権威のある人間が絶対大丈夫などと言うともしかしたらそうかもしれないと思い込んでしまう生き物だ。

 事実としてデモ隊の気勢は少し削がれていた。

「その浄水器の能力を証明する方法はありますか?」

 質問に対して待っていましたと言わんばかりに顔を輝かせる。こういう顔を人前でするのは三流の詐欺師の仕事だ。

 本物の詐欺師は相手に自分の心情を知らせない。いや、それどころか平然と偽りの自分を相手に投影させることさえ可能なのだ。

「もちろんです。こちらをご覧ください」

 森主任は部下からコップを受け取ると、浄水器のレバーを引く。

 少し時間がたつと、パイプから水が流れ始め、それをコップで受け止める。

 水が途切れると森主任はぐいっと一気に水をあおった。極上の美酒でも飲むかのようにごくごくと喉を鳴らす。

「ふう。これでいかがです? 我々の浄水器の性能は証明できたでしょう?」

 自らの身をもってその安全性を見せつける。シンプルだが効果的な一手だった。

 この浄水器の性能が本物なら。

 ちらりと花梨を見る。

 呆れたように首を振っていた。それだけでおおよそ察した。やはりこの浄水器は偽物、いやはりぼてだ。

 水俣病においても似たようなことはあった。

 浄水器によって有機水銀を除去したと偽り、これと同じような下手な芝居に加えて、しみったれた見舞金を患者に渡して無理矢理幕引きを図ったらしい。

 しかもその後も有機水銀を垂れ流し続けていたのだから私ですら恐れおののくほどの面の皮の厚さだ。

 今でこそ水俣病患者である母親から胎児にまで影響が波及し、胎児も水俣病になるということは常識だが、当時母親の毒物が胎児には影響しないと医学界でさえ妄信していたのだ。

 それほどメチル水銀をはじめとした有機水銀は浸透性が高い。そうそう簡単に取り除けるはずはない。

 この嘘を暴くのはどうすればよいか。こちらも単純なやり方で示せばいい。

「森主任。そこの漏斗のような場所から水を注ぐのですか?」

「ええ。そうですよ」

 素早く鞄から水筒を取り出し、止める間もなく水を漏斗に注ぎ込む。

「この水はそちらの川から汲んだ水です。もちろん、浄水できるのですよね?」

 はったりだ。

 水筒の水は私が飲み水として確保しておいた水で、異京から運んできた水だ。

「……ええ。もちろんです」

「では、水を飲んでもらえますか?」

「え? いえ、なぜ?」

「安全性を確かめるためですよ」

 森主任から先ほどまでの自信満々の様子は消え去り、額に脂汗をかいていた。しかも遠目から見てもわかるほどうろたえており、記者会見で叩かれる企業の重役そのものだった。

「あ……残念ながらこの浄水器は一度に処理できる水量が決まっておりまして……」

「たったコップ一杯の水ですよ? 工場が一日にどれくらいの量を排水すると思っているのですか? この程度処理できないようでは到底処理能力が十分とは言えません」

「い、いいえ。工場の中には何台もこれと同じ浄水設備が備わっており、十分な汚水処理能力を備えています」

「では、工場の設備を視察させていただいてもかまいませんか?」

「待ってください! 工場には企業秘密の設備が多数存在しますし、素人が見てもわからないものも多い!」

「では、代表者数人でよろしいでしょう。ちなみに、この子はあの立体テレビの発明者です。かなりの知識がありますよ」

 この子とはもちろん花梨のことだ。

 紹介された花梨はふふん、と自慢げに胸を反らしていた。

「こ、この子が?」

「ええ。工場を視察しても構いませんよね?」

「い、いえ待ってください」

「待て待てと、さっきから何度言うのですか? もう十分に待っているはずですが」

 煮え切らない対応しかしない森主任に対してデモ隊は徐々に不信を募らせている。

 デモが暴動に発展した例はいくらでもある。そしてその空気は歴史を学んでいなくても肌でわかるものだ。

「そもそもどんな法的根拠で工場を視察するのですか? 私たちが何をしたというのです!」

 そう。

 実はそこが一番の問題なのだ。

 今まさに森主任は図らずも問題の核心を突いていた。


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迷宮攻略企業シュメール 次回作です。時間があれば読んでみてください。中東のメソポタミアと呼ばれている地域で生まれた神話をモチーフにしています。
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