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第一話 起床

 ぱちりと目を覚ます。最近気絶と起床を繰り返してばかりいる気がする。ただ、先ほどに比べると随分体が軽い。

 どうやら柔らかいベッドで快適に眠っていたらしい。

「起きたか」

 上半身を起こしながら声の方向に首を向けると、気絶する前に顔を見かけた男性がいた。四、五十歳ほどに見える。巨木のように厳めしい顔つきだがほどよく整った顔立ちで、若い頃はなかなかモテたのではないだろうか。

「自分の名前を言えるか?」

 先ほどと同じ質問。やはりそれに答えようとして……しかし名乗ることができなかった。さっきのように喉がつかえているわけでもない。名乗ろうとすると力が抜けるようだった。

(これはもしかして下っ端役人が言っていた地球の知識を持ちこめないというやつでしょうか?)

 自分自身の名前も厳密に言えば地球の知識だ。だから私は地球での名前を喋ることができない。

 私の沈黙をどうとったのか、禿頭の男は残念そうに目を伏せた。

「名前がわからないのか」

「……はい」

 それにしてもこれはどういう状況ですか? 私は転生したはず。であるなら赤ん坊に生まれかわっていなければならない。自分の手をどう見ても赤ん坊ではない。そもそも目の前の男も私が喋ることを疑っていない。

 転生ではなく転移、というやつ? それとも他人に憑依した? ……もしそうだとすると、私が別人だと知られるのはまずい。名前を尋ねたのだから何か事故にでもあった直後とか? 記憶喪失か何かのふりをした方がよいだろうか。

 情報を探る意味で慎重に質問してみよう。

「ここはどこでしょうか? あなたはどなたでしょうか?」

「……む。普通のホムンクルスならばその辺りは知識があるはずだが……」

 ホムンクルス? 人造生命体? 私は人間じゃない? 確かに人間に転生させてくれるとは聞いていなかった。

 ただまあそれならば産まれた直後に言葉を喋ってもおかしくないかもしれない。

「まあいい。私はケレム。ケレム・ヤルド。お前を作ったものだ」

 どことなく嬉しそうに男性は名乗った。

 この世界でホムンクルスがどう扱われているのかわからないけれどケレムに悪意があるようには見えない。丁寧に接した方が良さそうだ。

「承知いたしました。何と呼べばよろしいでしょうか」

「好きに呼べ」

 厄介な返答ですね。夕飯何するって聞いて何でもいいって答えられると作る方としては悩んじゃうんですよね。適当でもいいから指針が欲しいけれど聞き返すわけにもいかない。

「では、旦那様とお呼びいたします」

「……そうか」

 わずかながらトーンを下げた声音。外したか? 心の中の焦りを見透かされないように無邪気な顔を装いながら旦那様の顔を見つめ続ける。

「では、お前の名前はサユリだ」

 ……ん? サユリ? 小百合?

 日本語? たまたま同じ音の語句が日本語のように聞こえているだけ? いや、あれか? 翻訳能力みたいなものの都合で小さい百合、みたいな意味の言葉がそう訳されているだけ?

 いずれにせよ不満はない。少し古風だけど響きは悪くない。

「承知いたしました。私の名前はサユリ、ですね」

 旦那様は優しそうに頷くが、すぐに厳しい顔つきになった。そんな表情を無理して作っているようでもあった。

「まずは着替えろ。その後で屋敷を案内する」

 ぞんざいに言い放つと返答を待たずに旦那様は部屋を出ていった。

 自分の上半身に目を落とすと粗末なシャツが着せられているだけだった。というかもしかしてさっきの私は裸のはずでは? そしてこのシャツを着せてここまで運んできたのは誰だろうか。

「……あの方は意外とむっつりなのでしょうか」

 どうでもいい疑念を浮かべながら部屋を見渡す。家具は一通り揃っており、なかなか高級そうだ。ただし家電製品の類は見当たらない。

 床と天井の一部には幾何学模様が描かれており、テーブルマットや絨毯などにも似たような模様がある。和風ではないのは確かだが、ヨーロッパとも雰囲気が違う。中東……だろうか?

 それとなぜか部屋のあちこちにキノコがある。

「何故にキノコ……? 食べるんですか? それとも虫よけか何か……?」

 用途のわからない謎のキノコは放っておいて衣装箪笥の扉を開く。

 中にはずらりと安くはなさそうな衣服がしまってあった。やはり旦那様はそれなりに裕福なようだ。媚を売っておいて損はないだろう。

 現状の方針としては旦那様に取り入り、私の有益さをアピールする。その程度の処世術なら前世でとっくに学んでいる。

 私は産まれたばかりの赤子と大差ない。利口に、狡猾に立ち回ろう。

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迷宮攻略企業シュメール 次回作です。時間があれば読んでみてください。中東のメソポタミアと呼ばれている地域で生まれた神話をモチーフにしています。
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