第二十五話 本音
ちなみに雫の容態は深刻になるほどではないものの、軽傷とは言えない。
体のあちこちに傷があり、一番ひどいのは左足の肉離れと、右腕の骨折だった。どちらもひどくはないので白魔法による治療を続ければ二週間ほどで完治するとのことだ。
ただし、どちらも外傷ではなく、全身を酷使した結果肉体が耐えられなかったような怪我らしい。荒れ果てた病院にいさせるのは嫌だったので、今は宿で休んでもらっている。
そこまでして私を守ってくれたことには感謝しかない。
が。
どうにもそのことについて雫はとても歯切れが悪い。菜月様ですら気づいていないようだが、文字通り生まれたときからの付き合いである私にはわかる。
なんでもなく振る舞っていても何かがあったのだろう。
おそらく雫の……生まれ持った性癖? でいいのかよくわからないが、血を好む。誰かを傷つけたがる。
そういうことで悩んでいるのだろう。
ただ、どうにも彼女にどう声をかけていいのかしっくりこない。
今までこんなことはなかったので自分でもちょっと困惑している。
(なるようにしかなりませんよね)
そう言い聞かせながら雫が泊まっている部屋の扉を開けた。
部屋の中でぼんやりと宙を眺めていた雫は私を見るとぱっと顔を輝かせた。
だが、ほんの一瞬だけ、表情が陰った気がしたのは気のせいだろうか。
「来てくださったのですね。お姉さま」
「ええ。忙しくてなかなかこれなくてすみません」
よく見ると体のあちこちに包帯が巻かれており、痛ましい気持ちになった。
「体調はどうですか? 具合の悪いところはありませんか?」
「さすがにまだ痛みますね。でもだんだん良くなっています」
食品サンプルをかじるような生産性のない会話を繰り返す。
はたから見れば仲の良い姉妹のように見えるかもしれないが、お互いにどう踏み込めばいいのかわからず、うろうろしているようだった。
ほんの少し、会話が途切れただけで気まずさを感じてしまう。
「「あの」」
二人の声が合わさる。
「あ、お姉さまからお先にどうぞ」
「え、ええ。では、ええと……」
いざ、話をしようと思うと言葉が出てこない。それでも何か言わなければならないと逡巡していると、どたどたと誰かが走りこんでくる音がした。
「た、大変だよ! 小百合おねえちゃん! 雫お姉ちゃん!」
小さな体が息を切らせて駆け込んでくる。
その主は花梨だった。
「花梨? あなた、ここには来るなと……」
「そ、それどころじゃないよ! 大変なの!」
「大変って……」
ちらりと雫を見る。まだ何も話せていないのだが。
「お姉さま。私は構いません。行ってください」
決然とそう語られては何も言えない。どうもトラブルらしいので、今の雫にはあまり聞かせたくない。
部屋の外に出てから花梨と話すことにした。
「花梨。それで何がありましたか?」
「それがね。獅子ヶ浦の工場に抗議に向かったんだって」
「メチル水銀中毒症状の患者がですか?」
今のところ水俣病とは呼ばず、そう呼んでいる。もしかしたらこの世界では獅子ヶ浦病と呼ばれることになるかもしれない。
「うん。でもそれだけじゃなくて、周辺住民や、騙されていた異種族の人たちもみんな抗議しに向かってるみたい」
どうやら事態は私の予想よりも早く進んでいるようだった。
うまくいっているのだが……どうにもうまくいきすぎている気がしてならなかった。




