第十七話 再生
「雫。何か考えはありますか?」
「籠城か、脱出方法を見つけるかのどちらかですが、助けがすぐに来るとも思えませんので何とかして脱出しなければなりません」
「賛成しますが、この様子だと出入口はすべてふさがれていますよ。ですが助けについては花梨に連絡しておきましょう」
レギオンはその名の通り、雲霞のごとく蠢いているが、あえて建物の中に入ってこない敵も多い。目的が誰一人逃がさないことだからだろう。
それらの思考と雫との会話に耳を傾けつつ、花梨に携帯テレビで現状を報告する。あの子なら通報するくらいの知恵はある。
「二階の窓などから出られる道を探しましょう。確か、非常用の梯子があったはずです」
以前火災に見舞われた経験からか、この病院は非常出口のほかに脱出方法が用意されている。
あのレギオンがどの程度の知性を持っているのかはわからないものの、人並みの知性があるならそれこそ放火でもするはずだ。
機械のように融通が利かない存在であることに期待するしかなさそうだ。
「カムラ様。ひとまず二階まで……」
カムラ様の手を引こうとすると、ばしっと手を叩かれ、おもわず手を放してしまった。
「カムラ様?」
「逃げるんなら勝手に逃げろ。だが俺は女の世話になんかならんぞ」
怒りが含まれているような語勢だったが、カムラ様の顔は恐怖でゆがみ、ひざは震えていた。要するに、男の強がりという奴だ。
正直に言うとありがたい。足手まといを守りながら戦うのがどれほど面倒なのか嫌というほど身に染みている。この状況では精霊も役に立たないし。
「カムラ様。この病院には地下室があったはずです。そこに籠城すればあるいは、持ちこたえられるかもしれません。それと、見てわかっているとは思いますが、あの怪物に精霊は役に立ちません。独力で逃げ切ってください」
見捨てることを認めたも同然の助言を受け取ったカムラ様は頷き、足を引きずりながら私たちに背を向けた。
「その診断書はくれてやる。だから、あんたらも死なないでくれよ」
「もちろんです。カムラ様もご無事で」
いちいち別れを惜しんでいる暇はない。カムラ様は地下に。私たちは上階へ向かうために別の階段を目指した。
雫の先導に従い、梯子のある場所まで走る……が、すでにレギオンは二階にまで到達していた。敵を刺激しないためか、無言で視線と手の動きで次の進路を示す。
レギオンは一階ほどではないものの、むやみに歩き回ればすぐに見つかってしまうほどの数がいた。
雫はやや慎重に、しかし迷う様子はない。おそらく雫の頭の中には地図がインプットされているのだろう。
小走りで曲がり角に近づくとぴたりと立ち止まった。
わずかに身を乗り出し、曲がり角の先を確認する。私も雫の頭を越すようにして覗く。
二体のレギオンがうろついていた。奥のほうに折り畳み式の梯子が見える。
倒すならともかく、無視して突き進むだけならどうにかなる数だ。
一度体を引っ込めてから雫が何かを手渡してきた。
「お姉さま。こちらを」
メスの代わりに医師が使用する手術用の短刀を手渡される。殺傷力は低いものの、議論の余地なく凶器である。
一体いつどこで手に入れたのか大いに不安に駆られたものの、問いただしはしない。時間がないのである。決して怖いわけではない。
「一撃は入れる必要があります。私が右を。お姉さまは左をお願いします」
手術用の短刀を受け取り、無言でうなずく。
二人そろって音もなく走り出す。
短刀を構え、レギオンを強襲する。……はずだった。
突如として横合いの部屋から伸びた手に引っ張られ、強引に引き倒される。
「痛っつ⁉」
かろうじて受け身を取りつつ、相手に向き直る。今までのレギオンよりも一回り大きな個体がそこにいた。
「お姉さま⁉」
雫の驚愕する声が聞こえる。
合流したいところだが、廊下へ続く扉の前にはいつの間にかレギオンが陣取っている。しかも、遠くからレギオンが集まってくる気配もある。
「罠にはめられたということですか。思ったより知恵があるのか、それともあなたが特別なんですか?」
返答はない。
期待もしていない。
時間をかけていられない。
素早く一歩踏み込み、短刀を喉のあたりに突き刺す。次いで胸、腹。人間なら三度殺せる殺人技巧。
しかし。
あろうことかレギオンは腹を短刀に貫かれたまま私の腕に組みついた。
「しぶと、すぎ、ますよ!」
技も何もない頭突き。それでもまだ揺るがない。
いや、それどころか力が増している。さらには。
「ちょっと待ってください。傷が治ってませんか⁉」
先ほど突き刺したはずの喉と胸の傷が見る間に塞がっていく。
菜月様は言っていた。レギオンは不死身の軍隊だと。
しぶといレギオンに対する比喩表現だと思っていたが、本来の勇者が使役していたレギオンは、本当に不死身だったのではないか。そして何らかの方法でその力を取り戻したのではないか。
その疑問を解くより先にレギオンが発揮した剛力によって壁に叩きつけられた私はそのまま気を失った。




