第十八話 迷宮
雫が産まれてからさらに数日が経ち、私は旦那様に呼び出されていた。
「出資している農村への視察ですか?」
いつものような仏頂面で命令を告げられる。
「そうだ。出資と言っても金銭ではなくホムンクルスだがな」
人材派遣ってことですか。私にアフターサービスをやらせたいらしい。
「藤太も連れていけ。いい勉強になる」
「承知しました」
多分、旦那様は私に母親代わりであることを期待している。つまりこれを機会に親睦を深めろと。願ってもない。
「雫はどうなさいますか」
「必要ない。ここで……アイシェと留守番させる」
奇妙な間があったが別のことが気になった。
「ところでどのような方法で農村に行けばよろしいでしょうか」
「お前はまだ利用したことがなかったな。あの村まではダンジョンを使え」
雫に名残惜しそうに見送られてから数十分後。私はそれの前にいた。
ダンジョン。
命知らずの冒険者が夢と希望、仲間との信頼を胸に危険を冒して乗り込む場所……だったのも今は昔。現在では便利な交通機関として利用されていた。
何でもダンジョンの内部は異空間で、遠く離れた場所へ短時間で移動できるらしい。その代わり内部には危険な魔物などが跋扈しているため気軽に立ち入れる場所ではなかった。
しかし人間が強力無比な精霊を召喚する術を容易に習得できるようになってからは、地球でのタクシーや電車のように利用し始めたらしい。
その結果が目の前の光景だった。
ダンジョンの入り口付近ではあふれそうなほど人がいるが、きちんと整列されていた。その背中が休日出勤を余儀なくされている会社員のように哀愁漂うのは気のせいだろうか。
「今日は結構混んでるね」
坊ちゃまにとっては見慣れた光景らしく、驚きはない。
「酷いときはもっと混んでいるんですか?」
「うん。もう人が絨毯みたいに見えるよ」
それはつまり人を踏めということでしょうか。違うか。違うな。
「そろそろ精霊を呼び出した方がいいかもしれませんね」
「そうだね。シュトート」
坊ちゃまの精霊は旦那様と同じシュトートだ。別に親と同じ精霊と契約しなければならないという規則はないらしいがそうする子供が多いらしい。
私も精霊を呼び出してしばらく待つと、小さなクラゲのような精霊が私たちの近くに寄ってきた。
ダンジョンに勤めている役人の精霊らしい。ダンジョンへの入場料をこれに支払う。ちなみに電車のように目的地への距離で値段が違うらしい。ただ今回は旦那様からの御厚意により案内人がつくようで、値段は十倍以上跳ね上がっているとか。
しばらく待つといかにも役人らしい制服を身にまとった案内人が現れた。
「本日はダンジョンをご利用いただきありがとうございます。藤太・ヤルド様とそのヤルド家のホムンクルスですね」
改めて聞くと名前と苗字の違和感がひどい。日本大好きでも名前まで変える必要はないと思うのだけど。
「ではご案内します。こちらへどうぞ」
案内されたダンジョンの入り口はさながら遊園地の入り口のようだったが、その脇にある勝手口のような小さな扉に向かう。
行列から恨めしそうな視線を向けられるが、そもそも目的地へ向かう道がそちらとは違うのだからしょうがない。あの行列は別の大都市に通じているらしいけれど私たちの目的地はさびれた農村だ。
扉を開ける傍ら案内人が声をかけてきた。
「申し訳ありませんが、途中もう一人別の方と同時に案内しなければならないのですが構いませんか?」
「はい。大丈夫です」
話しかけているのは私ではなく、坊ちゃまだ。それが立場の差を示している。
案内人は穏やかに頷き、洞窟の内部への道を開けた。




