第十話 釣人
私たち三人はいったん分かれたのち、効率を重視して別々の人間に聞き取りに向かった。
以前なら一度集まる必要があったが、今はもう携帯テレビがある。立体映像を見ながら手元で文字を書きつつ通信する。スマホの百分の一くらいの性能だがライン替わりならなんとか使える。
『こちらの聞き取りは終わりました』
『こっちも終わったわよ。予定通り、川に向かうのよね』
『はい。雫も終わりましたか?』
『問題ありません。川を調べるのは、やはり病人の多くが漁師だからですか?』
雫の指摘はかなり鋭い。資料を一瞥してわかるが、この病気の病人は多くが水産物にかかわる仕事をしている。それも私の予想を裏付けているのだが、これはまだ話せない。
『そんなところです。私はこれから配送屋に髪の毛を配達するように手配しますので少し遅れます』
『わかったわ。それにしても便利な道具よね』
まったくもって同感だ。数十年前の地球人の暮らしぶりを今になって想像するのは難しいほど、携帯連絡機器は私たちの暮らしになじんでしまった。この世界にも電話鳥はあるが、携帯性ではかなり劣る。おそらくあと二十年もすれば電話鳥は駆逐されるだろう。
それを知っているからこそこれらの道具の特許は必ず取得しなければならない。
『ええ。その便利さを見込んだ人からすでに注文が殺到しているそうです。菜月様も特許を取得していますから、来年には億万長者かもしれませんよ』
『ほどほどに期待しておくわ』
気のない返事だった。
そして合流し……釣りの時間が始まった。
「う、えええ。これつけるの? 針に?」
菜月様がおそるおそる摘まみ上げているのはブドウムシという釣り餌の一種。
「いえ、ですから疑似餌でも構わないと言っているのですが……」
「あんたは平然とやってるじゃない! 初めてなのよね⁉」
菜月様は妙な対抗心を燃やしているようだった。
「ええ。初めてですよ」
(今世では初めてですよ)
釣りを趣味とするほどではなかったものの、何度か嗜んだことがある。虫嫌いの人にはきついが、私は結構耐性があったらしい。
「雫のように苔や貝を採取するだけでも構いませんよ」
ちなみに血が苦手……ということになっている雫は釣りには不参加。
「う、ううう。でも、この川に足をつけるのもなんかやだし……変な臭いするじゃない」
川に近づくと濃い自然のにおいに加えてやや異臭が漂っている。慣れれば平気なのだが、違和感はある。
「レジャー感覚で楽しめばよいのですよ」
「あんたねえ。もうちょっと緊張しなさいよ。水質や生物を調査するって言い出したのはあんたでしょ?」
「それは否定しませんが、力を入れすぎても仕方がありませんよ」
私の推測を裏付けるためには物理的な証拠が必要で、それには現地調査が必須だ。が、厄介なことに私は地球での知識を話せない。いや、地球の知識に基づいた行動をとることができない。
そのためこれはあくまでも遊びで調査はついでという認識でなければ真実にはたどり着けないのだ。ちなみに人に調査を命令させるのも難しいようだった。我ながら面倒くさい。
今もこうやってこれは遊びだと必死で自分に言い聞かせながら調査しているのであって決して心の底から楽しんでいるわけでは……おっとあたりがきた。
「結構大きそうですね。たもを用意してくれませんか」
「また⁉ さっきからあんたばっかりじゃない⁉」
「あまり大きな声を出さないように。魚が逃げますよ」
ぶつくさと文句を言いながらもたもを用意するのだから人の良さがよくわかる。
たも網で釣った魚をすくうと、なかなかいいサイズだった。
「これで三匹目。好調ですね」
「私一匹もつれてないんだけど……」
恨みがましい目で見られても困る。ただ、どうにも簡単に釣れすぎるような気もしてしまう。そこに川辺で試料を採取していた雫が戻ってきた。
「お姉さま。このくらいでよいですか?」
木桶にいっぱいの苔、貝、さらには小魚。それを見て菜月さんが驚きの声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って⁉ あんた釣りしてないわよね⁉ 素潜りで捕らえたの⁉」
「いえ、河原に打ち上げられていた魚が結構いました」
「そ、そうなの? 私もそっちに参加すればよかったかしら。ちょっとだけ見てきていい?」
「どうぞ」
ボウズが悔しかったのか、菜月様は少し離れた浜辺に向かった。
「あとは水を採取すれば終わりですね。雫。何か気づいたことはありませんか?」
雫と二人で水を試験管にいれながら報告をもらう。
「少し、異臭が気になります。あれはおそらく上流から……」
雫の言葉は終わらなかった。絹を裂くような悲鳴にさえぎられたからだ。
「きゃああああああ!!!」
菜月様が悲鳴を上げた方向を振り向くと、確かに悲鳴を上げるのも無理がないほどの化け物がいた。




