第八話 病魔
サルタニア様と会ってから数日後。
多少下調べをしたのち、その後の様子を聞くついでに獅子ヶ浦の出身である杉本様に話を聞くことにした。
バンドメンバーとは以前よりも良好な関係が築けてあるらしく、そこは安心したものの、獅子ヶ浦の現状については顔を曇らせるばかりだった。
「獅子ヶ浦が今どんな状態なのかは聞いています。原因不明の奇病が流行っているそうですね」
「ええ。恐ろしい病だとか。杉本様やご家族は壮健なのですか?」
「はい。僕は病が流行る前に異京にやってきましたし、家族とも連絡を取れています」
「参考までにどのような病気なのか伺ってもよろしいですか?」
「僕が知る限りでは、突然けいれんしたり、重いものが持てなくなったりするらしいです」
これは下調べの内容とほぼ一致する。
さらに言えば健康だった人が突如奇行を繰り返すようになる、とも聞いていた。
「原因は何かわかりますか?」
「まったくわかりません。市立記念病院の人たちですらわかっていないそうです」
「市立記念病院? 有名なのですか?」
「ええ。すごく歴史のある病院で、ラルサで最初に作られた病院らしいです」
杉本様は少し誇らしそうだった。地元に誇れるものがあるのはいいことだ。……本当に誇れるものならば。
「ほかに、獅子ヶ浦に特徴はありますか?」
「そうですねえ……近くに湖があるので魚がおいしいことでしょうか。あ、あと昔はそうでもなかったんですが最近は結構いろんな工業品を輸出しているらしいです。僕らの楽器も獅子ヶ浦で作られたんですよ。確か、獅子ヶ浦工業っていう名前の会社です」
杉本様は以前に比べると多弁だ。しかしそれがむしろ話したくないことを話さないための会話術のように思えてならない。
「杉本様。率直に聞きます。今回の病魔の原因は何……いえ、誰だと思っていますか?」
ひるむように視線をさまよわせる。話題を避けていた証拠だ。
「杉本様。獅子ヶ浦にはサルタニア様の知己もいらっしゃるそうです。あの方に借りを返すと思って答えていただけませんか?」
「……わかりました。実は……その病気になるのは人間だけです。だから、ほかの異種族が病気をはやらせたりしているんじゃないかと疑われているそうです」
罪を告解するように、苦悩に満ちた表情だった。
杉本様との会話を終え、しばし熟考する。
もしも……もしもこの事件が私の想像通りだとするならば、かなり面倒なことになる。トラブルそのものは別に構わないのだが……実につまらない類の事件に発展するかもしれない。
人生には娯楽が必要なのだ。少なくとも私には。その娯楽を枯らす害虫は早めに駆除するべきかもしれない。
そこで思考を打ち切った。
玄関の扉が開く音が聞こえた。坊ちゃまなら鐘を鳴らすはず。雫ならもっと静かに行動する。つまり。少しばかり騒がしい人物。
「邪魔するわよ!」
威勢よく部屋に飛び込んできたのは予想通り菜月様だった。
「邪魔ならどうぞお帰りくださいませ」
「何でよ! 社交辞令に付き合いなさいよ! どういう神経しているの⁉」
「私の神経をご覧になりたいとは。解剖でもする気ですか?」
「し、な、い! ちょっと想像しちゃったじゃない! もうちょっと丁寧に扱ってくれない⁉」
そうは言いますが……私の見立てでは雑に扱われるのも嫌いではないような気がしますよ。もちろん指摘するつもりはありませんが。
「失礼いたしました。ここに来たということは獅子ヶ浦についてわかったことがあるということですか?」
実はサルタニア様から話を聞いてすぐ菜月様に獅子ヶ浦について調べておくように頼んでおいた。……時間はあるのでゆっくりしていいいと言っておいたのだが、仕事が早すぎるのも考え物だ。
「そうよ。じゃあ、雫」
「はい」
雫が女社長に付き従う秘書のように差し出したのは十数枚の資料。そこには聞き取りなどを行った住民の個人情報が細かく書かれていた。
「獅子ヶ浦の住民の健康状態はあまりよくないみたいだわ。とりあえず数人にコンタクトを取ってあう約束を取り付けたわ」
「よく約束できましたね」
「黄ノ介様やオーマー様に掛け合って患者の治療や休養のための寄付金を募ることにしたのよ。患者にも利益がある話なら耳を貸してもらえる……どうしたの?」
「いえ……本当に菜月様が味方でよかったと思っています」
この段取りの良さがなぜ……いや、何も言うまい。
「そう? ありがと。で、あんたは獅子ヶ浦に行くつもり? じゃあ私も行くわよ」
「菜月様が?」
「ええ。杉本って人の話を聞いたならわかってると思うけど、異種族との対立が出始めてるんでしょ? あの辺りにエルフが住んでいて、そこが珊瑚の出身地なのよ」
珊瑚、とは木村珊瑚様。
エルフの留学生で菜月様にとっては黄ノ助様との騒動に発展した原因の人物でもある。
「失礼ですが木村珊瑚様とはいわゆる恋敵の関係なのですよね? 塩を送るような真似をしてよいのですか?」
「ええ。友達だもの」
きっぱりと断言した。多分菜月様は私や雫が同じような状況でも助けに来てくれるだろう。ほんっとうにいい人だ。
「雫はどうしますか?」
「お姉さまが行くのであれば、私もお供します」
こちらも譲るつもりはなさそうだった。
「わかりました。では、お二人とも。一つ約束してください」
「何?」
「何でしょうか?」
「現地の水、食べ物を決して食べないことです」
「何それ? まあいいけど……」
「絶対にです。例えどれだけ豪勢な食事を用意されても断ってください。爪の先に火をともしながら暮らしている人々から差し出された水も飲んではいけません。これができないのなら力づくでも帰します」
二人とも私の脅しに思わず生唾を飲んだようだった。
「ねえ。もしかしてあんた、水や食べ物に毒か何かを混ぜられていると思ってる?」
「……似たようなものではないかと推測しています」
「では、その毒を混ぜた犯人を捕まえれば事件は解決なのですか?」
「いえ……むしろ犯人が明らかになってからが本番かもしれません」
私の不可解な言葉に二人とも首をかしげていた。




