第七話 休眠
「そういえば、お前と同じ服装の子も何も感じていないようだったな。見ていればわかる」
雫のことだろう。……うーん。あの子の本性を知っている身としては何とも応えづらい質問だ。いい加減話をしなければ、とは思っているのだけれど。話題を少し変えよう。
「サルタニア様。ここまで大掛かりな仕掛けを用意したのはやはり初めから訴えるつもりなどなかったからですか? いえ、それどころか仲を取り持つつもりだった?」
「ああ。もちろんなかった。曲を聞いた限りだと、あのばんどとやらがこの先活動を続けるには杉本の力が必要だとわかった。それに気づかせるには目上の相手にガツンと殴られる必要があると思ってな」
確かに最良の選択だろう。
私のような部外者では遠すぎるが、かといって身内では近すぎる。適切な距離感の他人のほうが助言は受け入れやすいものだ。
「お前ももう気づいているだろうが、わしの草原の月がここまで広まったのはあの木の力のおかげだ。どうもあの木には記憶を曖昧にさせる効果もあるようでな。わしの演奏よりも数段素晴らしい編曲が行われたのだ」
「つまり草原の月が広まったのはそもそも編曲のおかげだったと?」
「そうなるのー」
名曲の誕生秘話がそのようなものだったとはさすがに意外だ。サルタニア様もちょっと恥ずかしそうだった。
「しかし何故そこまでして後世に曲を残そうとするのですか? 名誉欲や金銭欲があるようには見えませんが……」
「うーむ。なんと説明したらよいかな。なるべく記憶に残してほしいのだよ。わしより長く生きる連中に」
「ドライアドはずいぶんな長寿だと伺っておりますが……」
「いや、それは逆だ。わしらは数年活動して、また十数年、長ければ百年以上樹木となって眠る。そして、それを数回繰り返して人生の幕を終える。つまり、起きている時間は人間の寿命よりずっと少ないのだ」
ドライアドという種族の悲しさ、あるいは歪みだろうか。人間からしてみれば数百年を生きるように見えても、本人たちにとってはごくわずかな期間しか生きられない。
「つまり、あなたが再び目覚めたとき、自分が作ったものを誰かに語り継いでほしいのですか?」
「おお。さすがは法律家だ。うまくわしの言葉をくみ取ってくれたな。……まあ、おそらくわしはもう一度眠れば起きることはないだろうがな」
「……サルタニア様」
「わかるのだよ。多分これが最後だ。だからこそ、わしの作品を世に知らしめてもらいたい。……悪いことかの?」
「いいえ。大変すばらしいことだと思います」
サルタニア様は残り少ない寿命で生きた証を残そうと必死なのだろう。私も、特殊なホムンクルスであるため、残りの寿命がどれだけあるのかわからない。あまりゆっくりはしていられない。
「ま、ついでと言ってはなんだが、お前にも頼みたいことがある」
「頼み? 法律家としての依頼ですか?」
「うむ。獅子ヶ浦という町は知っておるか?」
「確か、ヤマトカブトの皆様の出身地だったはずです」
「おお。そうなのか。奇妙な偶然もあったもんだの。この……ええと何だったか。この通信装置の名前……」
小さな板切れを取り出してサルタニア様は名前を思い出そうとしている。
「携帯型立体テレビバージョン3ですね。携帯テレビに改名予定です」
これも花梨の発明品で、画像のみを送受信できる装置だ。私は見たことないけれど、ポケベルとかいうものがあったらしいが、それの立体画像版だ。
主に文字を通信させる機械だ。精霊石などを使用しているので厳密な意味での機械ではないが……要は文字や画像を不特定多数、もしくは特定の相手と通信できる道具だと認識すればいい。
美馬土市のドワーフたちの協力によって完成にこぎつけたらしい。なお、ドワーフたちは今異京で働いている。精霊石の値段が下がりつつあるため、再就職先を探すのに必死なドワーフが多く、多少不平不満があっても飲み込んでいてくれているようだ。
おっと。話がそれた。
携帯テレビの使い方は簡単。
板に文字や絵を描くと任意の立体テレビにそれが投影される。世情が知りたいと言ったサルタニア様のために一つ貸与していたのだ。
「おお、それそれ。これで前回の眠りにつく前の知己がいないか連絡を取ってみたんだが……一人まだ生きておった」
「前回の眠り? いつの話なのですか?」
「大体六十年前……のはずだ」
「となると、その方はかなり高齢ですね」
「ああ。エルフとしても高齢のはずだ」
ぴくり、と身を固くする。エルフ。かつて勇者に取り入った種族で今でも人権のある異種族として活躍しているはずだった。
そして、勇者の遺産を保有している可能性が最も高い種族。
「そいつも獅子ヶ浦の近くに住んでいて、何やら困ったことになっているらしい。力になってはくれんか?」
「ひとまず調べるだけなら、調べてみます。それで構いませんか」
「うむ」
サルタニア様は肩の荷が下りたように晴れやかな表情だった。
それに対して私はむしろ暗雲が立ち込めているように嫌な予感があった。




