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第五話 演奏

 巨木に近づくにつれ、サルタニア様の姿がはっきり見えてきた。

 背は低い。見た目は若々しく、雫よりも年下のように見える。とても百年以上生きている種族のようには見えない。

 ぼさぼさの髪の毛に粗末な衣服を着こみ、木の下で眠る姿は仙人やシャーマンの類だと説明されても頷けるほど神秘的だった。

 そんな彼におそるおそる近づいていく。

 ぱちりと、サルタニア様の目が開いた。

「おーう! お前たちがばんどのメンバーだな! やまとかぶとだったか! わしはサルタニアだ! よろしくな!」

 思いがけず、フランクな挨拶だった。ニカっと笑うその顔は少年でしかなかった。ややあっけにとられた一同を代表して私が声をかける。

「初めまして。法律家の小百合です」

「ああ、ああ! あんたがそうか。実際に会うのはこれが初めてだな」

 この方とは遠隔通信によって連絡していた。結構新鮮な体験だったらしく喜んでいた。

「はい。お察しの通り、こちらがヤマトカブトのメンバーで、右から順に長江誠也様、小早川和様、パッフル林様、東真子様。最後に脱退した杉本康弘様」

「おうおう。ちゃんと楽器の準備もしてんな。細かいことは抜きにしようか。一曲聞かせろ」

 駆けつけ一杯とばかりに本題である音楽を所望する。なんとなくだが、この方も音楽馬鹿の類ではなかろうか。

「ええ。わかってます。じゃあみんな。準備しよう」

 長江様が視線を向けたのは四人だけ。杉本様は除かれているが、それに異議を唱えたのはサルタニア様だ。

「おいおい。五人全員で演奏しろ。わしが聞いた草原の月は五人の曲だったはずだろ?」

「ですがこいつはもう脱退しました」

「そんなものは関係ない。わしが聞きたいのはこの草原の月だ」

 畜音ほら貝を手でもてあそぶ。にやにやと好々爺らしい笑みを浮かべていた。

「誠也。君が嫌がっているのはわかるよ。でも今はプライドとか抜きにしよう」

「お前、まさかサルタニアさんに気に入られて著作権を奪うつもりか?」

「そんなんじゃない。バンドはそんなんじゃない。著作権だとか、収入とか、そんなんじゃない。バンドは観客のためにやるべきだ。今ここに音楽を聞かせるべき観客がいるだけなんだ」

 じっと見つめる杉本様に気圧されたのか、しぶしぶと長江様は頷いた。

「話はまとまったか?」

「ええ。サルタニアさん。僕たちの演奏を聴いてください」

 そこからの演奏は圧巻だった。

 長江様の力強く、透明感のある声が強く主張しており、個々人の演奏技術でそれを支える。だが全体の調和をとっているのはおそらく杉本様だろう。リズムを作り、音の緩急をつけている。

 売れたのはただ運が良かっただけではないと、そう思える演奏だった。


 演奏を終えたヤマトカブトのメンバーは誰もが息を荒げ、顔を紅潮させていた。わずかながら笑みが浮かんでいるのは会心の出来だったからだろう。

「うむ。見事な演奏だったな! では、わしも返礼をせねば!」

 サルタニア様は大木にたてかけていた弦楽器を手元に引き寄せた。

 半分に割った卵に柄を取り付けたような楽器で、確かサズとかいう名前だった気がする。

 誰もが驚いているが、止めることはできなかった。サルタニア様の独特の容貌ゆえか、それとも長寿の音楽家としての気迫からか。

 そして演奏が始まった。本来の草原の月で、ややアップテンポだったヤマトカブトの草原の月に比べるとしんみりする音色だった。

 だが。

(んん? これ……ものすごく上手い……わけではないですよね?)

 音楽についてはほぼ素人の私からしてみると単純な技術なら長江様のほうが上のように聞こえる。もちろんラルサの民族楽器について詳しくないので私見でしかない。

 とりあえず本職の顔色を窺い……ぎょっとした。

 ヤマトカブトのメンバーの頬には涙が伝っていた。それほどまでに感動させる演奏なのだろうか。私にはどうしてもそう思えないのだが。

 音楽家だけに通じる何かがあるのか? そう思ってほかの人たちの顔色を窺うと、ほとんどの人が感涙にむせんでいた。

(え……? もしかして私の感性がおかしいんですかね?)

 不安を感じる私をよそに、サルタニア様の演奏が終わると歓声と拍手が鳴りやまなかった。

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迷宮攻略企業シュメール 次回作です。時間があれば読んでみてください。中東のメソポタミアと呼ばれている地域で生まれた神話をモチーフにしています。
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