第四話 楽隊
サルタニア様からの挑戦状を受け取った音楽家たちは自分たちの愛器を持って、ドライアドの住む森へ足を踏み入れることに決めた。
さすがに素人だけで、しかも結構な重量である楽器を持ちながら森を歩くのは不可能だ。私も土地勘のない、異京から離れた場所なので、森になれた人を雇うつもりだったのだがなんと猟友会の猟師から協力の申し出があった。
なんでも、猟師にとってドライアドは森の番人のような存在で、一目見るとご利益があると信じられているんだとか。かといって無理に会いに行って機嫌を損ねられるのもよくないので今回の同行は猟師にとっても僥倖らしい。
しかしやはり森歩きは精神と肉体を大いに削っていたらしく、同行している猟師たちから休憩するように忠告された。
息を切らせている杉本様に声をかけた。
「お加減はいかがですか?」
「大丈夫ですよ。これでも多少は鍛えてますから」
汗をたらし、震える膝を隠しながらの言葉に信用はおけなかったが、表情は以前のような頼りなさはなく、むしろこれから戦場へ赴く武士のような力強さがあった。
「それに、嬉しいんです」
「何がでしょうか?」
「僕はもともと下町の出身で、子供のころから草原の月を聞きながら育ちました。そんな思い出の曲の作者さんに自分の曲を聴いてもらうのはとてもうれしいです。不安でもありますけどね」
「クリエイターとして不安と高揚は必要なものだと思いますよ。しかしロックという音楽を理解していただけるでしょうか」
「僕は正直自信がありません。師匠なら絶対に大丈夫だって言いきれるでしょうけど」
「師匠?」
「ええ。僕にロックを教えてくれた人です。全然人気がないのに、前向きで……頼りになる人でした」
「その人は今どちらに?」
「数年前にふらっといなくなりました。また別のところで自分の音楽を試すって言い残していました」
その師匠とやらはおそらくロックという概念を持ち込んだ転生者かな、とあたりをつける。どこに行っても転生者が私の道を阻むのは何とも皮肉なことだ。
「では、草原の月がサルタニア様に認められることがあれば同時にお師匠様も認められたことになるのですね」
「そうなりますね。でも、師匠は結構頑固でしたから。童謡のアレンジなんて邪道だって怒るかもしれません」
多分、そういうこだわりの強さがこの世界で売れなかった理由の一端だろう。日本からそのまま持ち込むのではなく、改良し、適応させなければならない。その点名曲のアレンジというのはいい目の付け所だと思う。
「あいつらも……そんな風に思ってくれればいいんですけどね」
ちらりと目を向けたのは現在のヤマトカブトのメンバーだ。途中までは愚痴を言う気力があったものの、もはや無言で水を貪っていた。
「あの方々も師匠様から手ほどきを受けたのですか?」
「いえ、僕が教えました。もともと東以外は僕らと同じ学校に通っていたんです。僕らは獅子ヶ浦という町の出身なんです」
「バンドの結成を言い出したのは杉本様ですか?」
「いいえ。誠也です。あいつが引っ張っていくのが一番いいんです」
確かに性格を考えればそれがベストだろう。問題なのはあまりにも杉本様が意見を押し殺していること。
実力を持っているものが自由な意思を持てないとは。人間力学のいびつさを痛感せずにはいられない。結局のところこの問題がよい結末を迎えられるかどうかはサルタニア様にかかっている。私は少し手伝いをするだけだ。
そろそろ出発しましょう、という猟師の言葉に従い、全員が重い腰を上げる。わずかな休息を経て、少しだけ前に進む気力を取り戻したようだった。
そのまま森を進むこと十数分。ふわりと今までとは違う風が吹き抜けた。
前方には色とりどりの花畑。その中央には巨大な広葉樹がそびえたっている。なんとなく、子供の頭をなでる親を想像してしまう光景だった。
そしてその巨木の下にポツンと、人がいた。
いや、人型のシルエットをしたそれは緑色の肌、それよりも濃い緑の髪。一目で人間ではないと分かった。
あの人こそがドライアドのサルタニア様なのだろう。




