第一話 音楽
夏の風物詩といえばなんだろうか。
スイカ、風鈴、高校野球。人の数だけそれらもあるのだろう。
当然国によってそれらは違う。中でもわかりやすい日本との違いは蝉だろうか。あのみんみん鳴く蝉がいなくて静かでいいなと思う気持ちとともにどこか寂しい気持ちもある。
さらに暑さの質もやはり違う。
とにかく日差しがきつい。太陽が直接肌を焼いているようにじりじりと焦げ付く気分になる。その反面じめっとした陰鬱さはなく、場所を選べばむしろ涼しく感じるほどだ。
これがこの国、ラルサ王国で初めて過ごす夏の感想。
さて。
現実逃避は終わりにしよう。
「だから言ってるだろ! 草原の月は俺たちの歌だ!」
「そ、それは確かにそうかもしれないけど……僕にだって歌う権利くらい……」
「はあ⁉ ふざけるんじゃないわよ! あんた、メンバーの中では一番のお荷物だったって自覚がないの⁉」
「そうよ! 図々しいにもほどがあるわ!」
「……」
喧々囂々として収拾がつく気配がまるでない。かれこれ三十分ほどリピート再生のようなありさまが家庭裁判所の調停室で続いていた。
数週間前に手紙で依頼を受けてから、何とか間を取り持ってようやく話し合いの場を設けた結果がこれだった。
話し合いにすらなっていなかった。
少しばかり状況を整理しよう。
この方々はヤマトカブトというロックバンドのメンバーだ。ラルサ王国にロックバンドがなぜあるのか? 詳細ははっきりしないものの、数年前に急速に発展した音楽らしい。どうせ転生者がかかわっているのだろう。
ヤマトカブトというバンドのメンバーは全部で五人だった。ただし、現在は四人である。
黒い髪とごく普通の洋服に身を包んだ杉本康弘という男性が数か月前に脱退しており、私に相談を持ち掛けたのは彼で、今彼はほかのメンバーから責められ続けていた。
杉本様を最も激しく糾弾している男性はリーダーであるボーカル兼ギターの長江誠也。黒い緩やかなロングヘアと対照的なベージュの服を身にまとっていた。女もののようにも見えるが、端正な顔立ちのせいか違和感がない。
彼に追随する女性はギターの小早川和。ピアノの東真子。ほとんどしゃべらない男性がベースのパッフル林。
杉本様はドラムを担当していた。
ほんの数か月前までは完全に無名だったのだが、とある出来事がきっかけで現在ラルサ王国では知らぬ者はいない音楽グループになっていた。
そんな彼らがもめているのは彼らのヒットナンバー草原の月の権利についてだ。
この楽曲は民謡の一種で、おおよそ百五十年前ほどに作成された楽曲らしい。ちなみに著作権は作曲、作詞者の死後七十年後に消失する。よって著作権について彼らは気にしていない。
問題なのはこの曲のアレンジを誰がしたのか、ということだ。この点について杉本様と長江様の主張は真っ向から対立している。
「こ、この曲をアレンジしたのは僕で……」
「どこがだよ! いいか! お前の聞くに堪えない曲を聴けるように整えたのは俺だ!」
泣きそうな顔の杉本様。怒りと自信に満ちた長江様。表情の違いがそのまま勢いの差を示している。
これは法律トラブルにおいてままある、そして非常に厄介なケースだが、客観的な他者が介在しない情報的な密室で決められたことは非常に介入しづらい。
要するに内輪もめには口をはさみづらい。
可能な限り証言を精査するしかないのだ。
当然ながら意見の食い違いがあれば調整は難航する。しかし今回の場合、一応対抗できる武器はあるのだ。正式な書面でこそないものの、楽譜にはサインがあった。
「しかしこの草原の月の編曲者はバンドメンバーの皆様となっております。共同のーーーー」
「こいつがやったことは曲をいじっただけだ! なんでそんな奴に金を払わなきゃならない⁉」
結局のところ本音はそこなのだ。下っ端に自分たちが努力して稼いだ金を出し渋っている。もっとも、杉本様の本意はそこにはない。少なくとも表面上は。
「だからお金なんていらないって言ってるじゃないか! 僕は僕の曲を歌わせてくれればそれで……」
おそらくそれは本日最大の失言だったのだろう。
「何がお前の曲だって⁉」
憤怒の形相で立ち上がった長江様は親の仇のように杉本様をにらみつけていた。
「もういい! お前の考えはよくわかった。話し合いにすらならない!」
その勢いのまま、彼は部屋の外に出て行った。ほかのバンドメンバーたちもそれに続く。
後には私と杉本様だけが残された。
お待たせしました。
第四章の投稿を開始します。




