第五十話 資産
「話は分かりましたが、どのみち我らが暮らしていくためには金銭が必要です。あてはあるのですか?」
暮らしていくための金銭。それはむしろロタム様に捨てられた異種族を購入するための金銭だろう。
もちろん声を大にするわけにはいかないが、テオドラはわかっている。
「それについてはこちらから。雫。あれを出してください」
「はい。お姉さま」
雫が取り出したのは一枚の板きれ。
何度か私たちも見た立体テレビ。その精霊石を用いた改良版だった。見たことがない異種族たちは訝し気にそれを見ていたが、その板きれからブンっという音ともに現れた花梨の姿に驚いていた。
『初めまして! ホムンクルスの花梨です!』
そう書かれたプラカードを掲げており、それに対して私も文字で返答する。
『通信の感度は良好ですか?』
『はい! 良好でーす!』
音声が通信できないのは残念なものの、コミュニケーションツールとしては申し分ない。
今回の最大の改良点は双方向通信も可能になったことだ。改良すれば特定の相手にだけ通信、あるいは全体への通信も可能になるらしい。
動揺から立ち直り始めたテオドラはすぐさま事態を理解した。
「まさか、これに精霊石が使われているのですか?」
「ご明察です。正確にはニジイロゴケが発する光を増幅させているらしいですね。いずれにせよこれを量産するには精霊石を量産する技術が不可欠です。ちなみにこの発明の特許に対して十億円を出してもいいと語っている資産家もいらっしゃいます」
やはり異種族の目の色が変わった。
自由と資産。
この二つを前にして平静を保っていられる奴はそういないはずだ。
「いかがですか? 私たちが出せるカードはこれで全てです。皆様にとってもこれは絶好の機会のはず」
テオドラにそう問いかけるがもはや部屋の空気は定まっていた。この欲望で脂ぎった視線にさらされて首を横に振るのは不可能だ。
だが彼女の葛藤も理解できる。何しろ問題は一切解決していない。
結局ドワーフは家畜に等しい立場のままで、言語はおそらく失われる。言語の維持などしている暇がなくなるだろうから。今まで保護されていた石切の手から離れるだけで何も変わっていない。
ロタム様からドワーフを奪い、精霊石を奪い、テオドラは夫の目的を奪う。ありとあらゆるものを奪い、かりそめの自由を与えるだけ。
その道先がわかっていながら葛藤するテオドラのなんと美しいことか。やがてため息のような疑問が彼女の口からこぼれた。
「一つ、質問してよろしいですか?」
「何なりと」
「あなたは今、幸せですか?」
私は今結構幸せだ。
可愛い弟妹もいるし、むかつく奴らもぶっ飛ばせる。何の不満があるというのか。
家畜のごとき立場であれ、幸福を希求することはできるのだ。
思考は一瞬だった。
「もちろんですとも。そして皆様にもそれを手にする権利があります」
少しだけ、テオドラは目を伏せた。
「わかりました。あなた方に全面的に協力いたします」
おお、というと喜びが混じったどよめきがそこかしこから聞こえた。それとは対照的にテオドラの表情は沈んでいた。
「ありがとうございます。計画の仔細は後ほど紙面でお伝えいたします」
「はい。ですがまずあなた方のテレビ制作に協力するための人員を派遣しても良いですか? 早めにノウハウを確立させたいのです」
こちらの動向を監視したいのかな? 花梨もプロの意見が聞きたいだろうし、悪い話ではない。
「願ってもない申し出です」
「それと、個人的にあなたに渡したいものが一つあります。受け取っていただけますか?」
「もちろんです」
「では、こちらにどうぞ。あなたおひとりで。皆の者はついてこないように。それと、テ……マヌエル皇帝陛下には私から伝えますのでまだこのことを伝えなくて構いません」
きびきびと指示を出すテオドラ。二人きりになりたいというのは少し怪しいが……さすがにいまさら私をどうにかするということもないはずだ。ついて行っても問題ない。
「坊ちゃま。雫。ここでしばしお待ちください」
頷いた二人に見送られ、きちんと整理された廊下を渡る。外からはわからなかったが、どうやら奥にまだ部屋があったらしい。
近寄りがたい雰囲気の扉がひらかれ、中には使われていなさそうに、埃が溜まっていた。見るからに物置で雑然とがらくたが置かれていた。しかしテオドラは道筋を知っているかのように迷わず進み、頑丈そうな金庫の前にひざまずいた。
「小百合。あなたは私たちがどのように密輸したかを見抜きましたか?」
ロタム様にした話と同じような話を繰り返した。
「……あなたは優秀ですね。ですがやはりどうやってダンジョンの抜け道を見つけたかはわからなかったようですね」
「ええ。もしやその金庫に秘密があるのですか?」
「そうです」
懐から鍵を取り出し、それを金庫のカギ穴に差し込む。きちきちと内部で何かがかみ合う音がした。




