第四十七話 流入
当然ながらラルサ王国にスマホやインターネットなどはない。資料集めは苦戦するかと思いきや、意外にも順調だった。
電話鳥、立体テレビなど様々な遠隔通信装置に加え、菜月様のストー……もとい思慕する相手を追跡する技術を発展させた情報収集技術はこんなところでも優秀さを発揮した。……あの人はどうしてこう自分の願望と一致しないことばかり得意なのだろうか。
それに加えて案外昔の文字を保存したがるご老体は多かったらしい。老人が昔を懐かしむのは世の常とはいえ読めない文字で書かれた資料を保存して何の意味があるのか。
ただ、日本語と翻訳するための辞書なども見つかったため一応かつての歴史を保存することには成功していた。まあ、このまま放置すれば口語は完全に絶滅してしまうのでマヌエル皇帝陛下はそれを防ごうとやっきになっているのだろう。
というわけで、集められた資料およびそれらの写真などが数日後には私が滞在しているホテル鳩ノ巣に集められることになった。
「せっかくの休暇まで仕事を持ち込んでしまって申し訳ありません」
部屋の三分の一を埋め尽くす資料を前にして戸惑っている坊ちゃまたちに謝罪する。せっかくのバカンス中に入院した挙句、部屋を散らかされてはたまらないだろう。
「これが例のえっと、バベルについて調べてるんだっけ?」
「ええ。難航していますが」
順調に資料が集まったのは良かったものの、やはり整理されていない資料に目を通すのは精神的にとても疲労する。誰もが経験していることではあるだろうが。
「私たちも手伝ってよろしいですか?」
「助かりますが……いいのですか?」
「うん! 小百合お姉ちゃんに助けてもらわなかったらどうなってたかわかんないからね! 手伝わせて!」
やはり持つべきものは優秀な弟妹。このどぶさらいよりも面倒な資料整理を手伝ってくれるのは世界でこの三人だけだろう。
「そうですね。まず、時系列順に並べましょうか」
日が真上に昇るころに始まった作業がひと段落する頃には夕日が落ちかかっていた。
「こうして見るとやはり、同じ国では同じ時期にバベルが広まったというのがわかりますね」
「うーん。でもそれ以外の法則性はいまいちわからないんだよねー」
研究や実験が好きな花梨は地味すぎる作業に対して明らかに集中力が欠け始めていた。ひらめきで勝負する天才肌だからだろうか。それに対して年齢の割に地道な作業が得意だったのは坊ちゃまだった。
「どっちかって言うとラルサの近くの国からバベルが広まってるみたいだけど……この国なんか東の果ての国だよ? それでもかなり早く日本語が広まってるね」
言語の文法や発音によって広まり方が違うのかとも思ってみたがそうでもないらしい。
「法則性があればそこからバベルの仕組みもわかるかと思ったのですが……無作為にしか思えません。ひとまず、夕食にしますか」
立ち上がり、レストランに行こうとしたところで地図とにらめっこしている雫に気付いた。
「どうかしましたか?」
「お姉さま。その、気のせいかもしれませんが……」
「なんでも言ってください。少しでも手がかりが欲しいのです」
「はい。では……バベルが早く広まった場所は栄えているというか……往来が激しい国である気がします。例外もあるようですが」
「え? いえ、確かにこれは……」
雫の言うとおりだった。バベルは交易などが主流の産業である国で特に早く広まっていた。この法則を見落としていたのは当時最大の国だった帝国でバベルが広まったのは帝国崩壊直前だったからだ。順番としては最後に近い。当時帝国とラルサの外交は断絶に近かったはずだ。
つまり。
人の移動、特にラルサから人が流入している国ほど早くバベルが広まっている?
思わず先ほど読んだこの件とは無関係だったはずの資料をひっくり返して流し読む。
「ああ。そういうことですか」
全員が驚いたように私を見る。これで謎は解けた。問題なのは。
(謎を解いたところで事件が解決するわけではないということですね)
この事件は間違いなく皇帝陛下や皇后様にとって不都合な真実だ。彼、いや彼女がこれを受け入れてくれるかどうかはわからない。




