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第二十話 観光

 シンと静まった部屋にチリンチリンと鈴の音が鳴る。朦朧とした意識がゆっくりと覚醒する。

 見慣れない天井。今は旅行中だと思い出した。そして朝早くに出発するためモーニングコールを頼んでいたのだった。電話鳥を各部屋に配置するほどはいないらしいので、部屋の外から部屋の中にある鈴を鳴らす仕組みになっている。もちろん、宿泊客が起きなければこのままだ。

 けだるいからだに鞭を打ち、こちらも鈴を鳴らしてから返答する。

「おはようございます。朝早くからありがとうございます」

「おはようございます。本日も良い旅を」

 すっとホテルマンが立ち去る気配がした。部屋を見回すと雫が上半身を起こして、ややとろんとした眼をこちらに向け、徐々に目の焦点を合わせながら、笑顔になっていった。

「おはようございます。お姉さま」

 こんな風に従順な子犬みたいに可愛い妹に朝の挨拶をされるなんて実に幸せなことだ。

「おはようございます。花梨と坊ちゃまは……まだ夢の中ですね」

 ちなみに全員同室で就寝している。邪な気持ちは一切ない。私も三人にまだ手を出すつもりはない。

 雫と目配せして私は坊ちゃまの、雫は花梨の毛布を剝ぎ取り始めた。本日の予定は詰まっている。寝坊助二人組に手心を加えている時間はない。


 朝食のパンとチーズをさっと食べ、あわただしい空気のまま出立の準備をし始める。

 その間も花梨はうとうとしていたが、坊ちゃまはなんとか眠気に打ち勝って着替えを自力で終えていた。

 悪戦苦闘しながらもまだ薄暗く、人影のまばらな街に向けて歩き出す。こういう静かな町もなかなか味わい深くて好きだ。少しだけ急ぎ足でダンジョンに到着。もちろん精霊石を産出する方ではなく、移動のためのダンジョンだ。

「雫。ここでいったんお別れです。またお昼に会いましょう」

「はい。花梨は私がちゃんと見ておきます」

「よろしくね。雫も気を付けてね」

 ぶんぶんと手を振る坊ちゃまに雫は小さく手を振り返していた。花梨は……まだ寝ぼけまなこだったが、多分大丈夫だろう。

「じゃあ行こう。小百合」

「はい。時間にはまだ余裕がありますから、焦らずに、ほどよく急ぎましょう」

 こっくりと頷いた坊ちゃまとともにダンジョンを歩き始めた。


 気球はここ数年で開発され、急速に広まったレジャーである。空中を飛べる乗り物がなかったラルサでは物珍しさも手伝って一大ムーブメントを引き起こした……とまではいかず、そこそこお金のかかる娯楽の一つとして主に富裕層に親しまれていた。

 いかんせん気球という乗り物には欠点が多いのだ。推進力がないので自由に動かすことが難しく、発着場も整えなくてはならない。

 その点美馬土市はうってつけだった。観光客を呼びたい地元と、成り上がりものが鉱山で巨万の富を築く街というやや黒いイメージを払拭したい石切というスポンサーが手を組んだ事業は順調に立ち上がり、人口と天然の岩と緑が混じる独特な風景も話題を呼んで人気観光スポットになった。

 そしてその気球遊覧飛行のベストタイミングが朝焼けだ。夕焼けも美しいのだが、残念ながら夜間の飛行に突入すると危険なため禁止されているらしい。

 そのためにできる限り早起きして朝焼けを眺められる気球の発着まで余裕をもってたどり着くことができた。

 気球のために整えられた砂地では気球に熱を送って膨らませている。坊ちゃまを含めた観光客はそれに感嘆の入り混じった視線を送っている。

 観光ガイドが精霊を照会し、予約と入金を確かめてから整理券を配り始めている。

「坊ちゃま。少し緊張なさっていますか?」

「う、うん。ちょっとね。でもそれより楽しみかな」

 物事を楽しむためには恐怖やスリルというスパイスも必要だ。甘いばっかりのお菓子では舌が馬鹿になる。

 ちっぽけな勇気を奮い立たせている少年を眺めて私も少しだけ笑顔になっていた。

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迷宮攻略企業シュメール 次回作です。時間があれば読んでみてください。中東のメソポタミアと呼ばれている地域で生まれた神話をモチーフにしています。
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