第十六話 警備
重い扉と警備の向こう側には波打つ水辺に小さな帆船が停泊していた。どうも洞窟の内部だが、風がある。ダンジョンだからだろうか。そして多数の異種族とそれを管理する人間が列を作っており、小さな港のようにも見える。
奇異な状況に戸惑っていると自慢気なロタム様が解説し始めた。
「ここのダンジョンは見ての通り水が流れている。この向こう岸に精霊石を採掘する洞窟がある」
「その船はここで組み立てられたのですか?」
「ああ。部品を少しずつ持ち込んだ。他にも道がある。先ほどの通路に比べれば広い道とはいえ、苦労したらしい」
そう語るロタム様はどこか誇らしそうだった。
「なんとも、凄まじい執念ですね」
「まったくだ。この水はどうやら生き物に害があるらしく、泳いで向こう岸に到達した人間はいない。いや、正確には河童や人魚などの泳ぎの達者な異種族も不可能らしい」
人魚はともかく……河童? いるの? この世界に?
ちらりと鉱夫を見やると頭に皿を乗せている異種族がいた。ほんとにいた。水かきらしき腕を持ち、いかにも水棲種族だと自己主張している。あれでもこの水路を泳ぎ切れないなら船以外で通過するのは本当に無理なのだろう。
「先ほど言っていた体の中に精霊石を隠す方法も難しい。あれを見てみろ」
指さした先には空港にあるゲート式金属探知機のようなものが据え付けられており、それが発光していた。
「あれは精霊石に反応する光ですか?」
「そうだ。あの光を浴びると精霊石は光を放つ。たとえ腹に飲み込んだとしても隠すことはできん。分厚い鉄の箱にでも隠せば話は別だが……そんなものを持ち込ませるほど甘くはない」
よく見ると異種族のみならず人間もシャツとズボンという薄着しかいなかった。しかも画一化された既製品らしく、物の持ち込みに厳しい制限が課されているのだろう。
「採掘するには向こう岸に渡る必要があるとおっしゃっていましたが、向こう岸まで何かを持ち運ぶことはありますか?」
「向こう岸にも簡単な小屋を設営している。精霊や魔物に破壊されることもあるから補修資材を持ち込むこともある。風の加減で待ちぼうけを食らうかもしれんから多少の食料も備蓄しなければならん。ダンジョン内では水や食い物が腐らんから保存は楽だ。だが、原則として向こう岸の何かをこちら側に持ち込むときには厳しい検査を潜り抜けねばならん」
洞窟の中なのに風? いや、ダンジョン内で通常の物理法則は当てはまらないのかもしれない。
確かに船に積み込む荷物はそれほど神経をとがらせている様子はない。しかし木箱なども中身が見やすくなっていたり、薄い袋を使っていたりと密輸を成功させにくい工夫がそこかしこに見受けられる。
船員が船に荷物を積むたびにズシリと船が重みを増している気がした。その重みはおそらくこの事業に携わる金の重みであり、先人とロタム様が築き上げた功績の重みなのだ。
「このダンジョンは閉鎖型ダンジョンだとおっしゃいましたが、実はどこか別の場所につながっている可能性はありますか?」
「ないとは言えん。だが、もしも別の出入り口を発見すれば多額の報酬、あるいは可能な限りの贅沢をさせると契約してある。さらに原則として採掘は五人一組で行っている」
お互いを見張らせあっているということか。現場の小手先でどうにかなる警備ではない。
やはり密輸が個人で行われているとは考えづらい。何らかの偶然で密輸する方法を思いついたとしても、二の足を踏むだろうし、そもそも換金する手段がない。
となれば組織的な犯行。それもこの気密性の高い場所から精霊石を盗み去り、警備の目をかいくぐらなければならない。
……できる気がしない。予想通りといえばその通りだけれど、ここまで徹底しているとは思っていなかった。
「残念ながら私には密輸の方法は思いつきません」
「ふむ。まあそうか。それならそれで構わん。君、法律家を出口まで送れ」
部下が命令を受けて私を案内し始めた。
ちょっと拍子抜けだ。てっきり私を犯人に仕立て上げるくらいやってみせるかと思ったのだが。力が抜けたせいか、ふと妙なことを思いついた。
「ロタム様。ここの水を採取しても構いませんか?」
「うん? 別に構わんが……どれだけ調べても何もわからなかったらしいぞ? 毒があるわけでも、薬にもならん。一応飲ませないようにはしているが……」
「記念のようなものです」
「まあいい。袋を用意して渡してやれ」
社員が水の詰まった革袋を手渡してくれた。
「ありがとうございます。では、これにて失礼いたします」
そうして暗がりを後にし、日の当たる場所に舞い戻った。




