第十五話 社長
招かれた室内にはやはり、初老の陣羽織を着た男性がいた。がっしりとしていて恰幅がよく、四角ばった印象を受けた。
髪の色は金色だったが、黄ノ介様のような違和感は少ない。ユッカのように原産地が外国でありながら荒涼とした日本庭園になじむ厳めしさを持ち合わせているからだろうか。
「初めまして。わしがこの会社の社長、石切・ロタムだ。ロタムで構わん」
「初めまして。法律家の小百合と申します」
西洋風の机に畳という日本人が見れば卒倒しそうなほどミスマッチな内装だったが、いい加減私も慣れてきた。私たちが挨拶を交わすと同時に背後のふすまが閉まる。これで密室で一対一の状況になった。
「さて、この美馬土市はどうだったかね?」
「大変良い街だったかと」
「表も裏も、かね?」
「もちろん。極めて効率的な運営方法でしょう」
あのスラム街はおそらくこの町になくてはならない意図的に作られた場所だ。そう直感していた。
その言葉をどう解釈したのか、ロタム様は初めて相好を崩した。クマのように、油断のできない笑顔だった。
「まず最初に言っておこう。わしは今回の密輸事件の実行犯は異種族だと思っておる」
実行犯。つまり主犯、法律用語なら、正犯は別にいると判断していると暗に示していた。
「愚かにも恩人であるロタム様にたてつく輩がいるのですね?」
「そうだとも。わしは彼らに仕事を与え、匿っているのだ。頭の足りん連中はそれがわからん」
異種族をあざけるような口調だったが、嘘でも自慢でもなかった。難民という極めて攻撃されやすい立場の異種族をかばいつつ、最低限の生活を保障するには、儲かるが厳しい仕事を大量に確保しなければ難しかっただろう。
それを成し遂げる財力やコネを確立させたロタム様の手腕は紛れもなく一流だ。それはそれとしてこき使っていることを悔い改める気配もなさそうではある。あるいは、手心を加えたところで自分への風当たりが弱まるはずはないと確信しているのか。
「ご心中お察しいたします」
「君は異種族にしては話が分かるようだな。それで? 何か密輸の手段として思いつくことはあったかね?」
「素人の浅知恵ですが……体の内部に隠す。あるいは一度別の場所に隠してから別の誰かが持ち運ぶ……くらいしか思いつきませんでした」
「残念ながらどちらも不可能だ。だが現場を見てもらうのも悪くはないだろうどうかな? わが社の採掘現場を一度覗いてみんかね?」
「承知いたしました」
(めちゃくちゃ断りたいですね。罠っぽいですし)
本音と建前の使い分けは社会人の常とはいえなかなか胃が痛い。さっと立ち上がり、ベルを鳴らすと部下らしき和装の男性が現れ、私たちを案内し始めた。
建物の中を通り、北側に向かう。視線の向こうには険しくそびえる山。そこにつながるように渡り廊下が伸びていた。
山の入り口には今までよりも明らかに厳重な警備が敷かれていたが、ロタム様を見かけるとほとんどの社員は土下座していた。……江戸時代か?
山をくり抜いて作られた洞窟は天然よりも人工物らしき気配が漂っていた。ほとんど明かりが届かない暗がりで狭かったため、発光キノコを灯し、縦一列に並んだ。わずかだが傾斜しており、地下へと下っているようだった。
「そろそろ気づいているだろうが、ここは精霊石を発掘できる美馬土ダンジョン唯一の出入り口につながる通路の一つだ」
「唯一?」
「そうだ。出入り口が一つしかないダンジョンを閉鎖型ダンジョンというらしいな。交通の要衝にはなりえんから打ち捨てられることが多いらしいがここでは精霊石が採れたため発展することになった」
「それが美馬土市の始まりですね」
「そうだ。そして精霊石には商売道具として優れた性質があった」
「どのような性質でしょうか」
ロタム様の意図はわからないが、会話を続けたいという意思は読み取れる。相槌を打ち続けよう。
「まず精霊石はすべて異なる輝きを有する。素人ならともかく専門の鑑定士なら容易に見分けられるほどにな。そして長い年月が過ぎればいつかは輝きがうせてしまう」
今まで疑問だったことのいくつかが氷解した。個々に輝きが違えばコレクター魂が刺激されるはずだ。そしてどれほど希少な宝石であっても産出され続ければいつか需要が枯れてしまい、価値が下がる。真にその価値を保ちたいのであればその輝きは永遠であってはならないのだ。
「だが奇妙なのはより古い精霊石ほど輝きが増すという事実だ。消える寸前の灯のようにな。我々が知る限り、五百年物の精霊石は四つしかない。そしてこれがその一つだ」
ロタム様は首から下げたロケットペンダントを開けると親指ほどの大きさしかない精霊石が現れた。
だが驚くべきはその輝きだ。洞窟のただなかであるにもかかわらず、星のごとき光。なるほど、万人を魅了してやまないのもうなずけるほどの妖しさ、いやもはや妖艶とすら形容できるほど蠱惑的だった。
……まさかとは思うけれどただ宝石自慢をしたいだけなのだろうか。そんな疑いを持ち始めたころ、重苦しい門が現れた。




