第十四話 退廃
美馬土という町は鉱山であり、そして観光都市である。だがそれ以上に穴掘りの町でもある。この町にはトンネルが多い、というより住居や通路とトンネルの区分があいまいであるのだろう。
私たちはそんなトンネルを通り、鉄格子のはまった通路にたどり着いた。
そこの守衛に話しかけ、あらかじめとっていた通行許可を照合してもらう。
「では開錠しますが、すぐに戻ってきてください」
守衛からの言葉通り長居をするつもりはない。三人を連れ立ってトンネルを抜ける。
トンネルの向こうには先ほどとそう変わらない町並みが待っていた。
だがそれは一瞬の錯視だった。よくよく見るまでもなくそこは今までとは違うのだ。町並みには色味がなく、沈んでおり、建物にはところどころ悲鳴のような亀裂が走っていた。
そしてそこの住人にも生気が感じられず退廃的ですらあった。
「お姉さま? ここは一体……?」
「いわゆるスラムですね」
スラムには近づくなと言われたが、ここに来れば嫌でもその理由がわかる。空気がよそ者を拒み、搾取しようとしている気配が漂っている。
「ん……もしかしてここ、異種族が多いのかな? 解剖してみたいなあ」
「解剖はだめですが、花梨の言う通りここは異種族が多く住んでいます。ラルサ王国、いえ、ラルサ共和国は人間が多くを占める国家でしたが美馬土市はその成立経緯のため、異種族、特にドワーフが昔からとても多く、さらに精霊石の発掘などに有用な能力を持った異種族が幅を利かせていたらしいですね」
「でも……今は……その……」
「落ちぶれていますね。今は精霊石の発掘を石切貿易会社がほとんど独占していますから」
「それって商売を全部盗られたってこと?」
「ええ。石切貿易会社の社長、石切・ロタム様は勇者様の御力を知るや否や真っ先に勇者様を援助し、その見返りとして莫大な利益を賜ったそうです。そのうちの一つがこの美馬土にある精霊石を採掘できるダンジョン、通称美馬土ダンジョンです」
「では、ここの異種族の方々は精霊石を採掘するための労働力なのですか?」
「ええ。もともと異種族が多いことに加えて帝国崩壊時に異種族の難民が流入したそうですからね。それをうまく囲って働かせたようです」
「ならここの異種族の人たちは石切貿易会社が嫌いなのかな」
「かもしれませんね。理由はどうあれ、こき使われているわけですから」
「では、例の密輸の件も……?」
「そこはまだはっきりしません」
ありえなくはない話だ。だとすると実に滑稽かもしれない。なぜなら……いや、それはまあ石切・ロタム様本人の心情を聞かなければわからないか。
「さあ。社会勉強は終わりです。もう戻りましょう」
これでこの子たちもスラムに近づくなという意味を少しは理解できただろう。
私たちは眼下に広がるスラムをもう一度眺めてから来た道を戻った。
この町特有の宿、洞窟ホテルにチェックインに向かった三人と別れて石切貿易会社に直行する。もう少し観光を楽しみたいのだが、私は面倒を先に済ませてしまいたいタイプなのだ。予定通り石切貿易会社の本社に向かう。
観光地とスラムの間にあるらしい。
……うん。
まあ覚悟はしていた。石切・ロタム様は勇者に取り入って一旗揚げた人物だ。なら、本人の趣味はどうあれ日本かぶれに違いないと高をくくっていた。
が。
これはいくらなんでない。
目の前にあったのは城だ。ただしゴシック建築でもイスラム建築でもない。日本建築の一種、城郭建築だ。戦国時代やら江戸時代の侍が住んでいそうな城だ。
この土地、この国に対してあまりにも違和感がありすぎる。成金の悪趣味が前面に押し出されすぎていて呆れるやら笑うやら、どう反応したものかさっぱりわからない。
助さん格さんとでも呼ばれそうな守衛から許可をもらい、そこで秘書らしき着物に身を包んだ女性が現れ、案内された。立派な門をくぐった城の内部もやはり和風だった。
この城を建築するためにどれほどの木材が使われたのやら。あまり森林が豊かとはいえないこの地方では贅沢が過ぎる。
「社長。失礼いたします」
「入れ」
秘書がふすまの外から声をかけると、しわがれた老人のような、しかし力強い声が聞こえた。




