第十三話 到着
今まで通過したダンジョンは大理石のような材質の地面だったがこの辺りは様子が違った。天井が低く、しかもチカチカと輝いているからどうにも目が痛くなる。
それは周囲も同じようで中にはサングラスをつけている通行人もいた。宝石の産地に近づいているからなのだろうか。
なんとなく、前方の人々から興奮が伝わってくる。目的地が近いのだろう。それは正しく、手をかざして眩しい太陽の光を遮った。
ダンジョンの出口で通行料を清算すると、すぐに町が一望できた。どうやらこのダンジョンの出口は高台にあったらしい。
まず視界に入ったのは岩山をくり抜いて作られた家屋。いやむしろ城、あるいは塔のように感じられる。それを見下ろすように家々が立ち並び、合間に木々が植えられていた。
自然と人工の絶妙な融合。それが美馬土市の第一印象だった。
この光景を初めてみる私たち四人はもちろん、他にも見入っている観光客も少なくなかった。
「お客さん。この町は初めてかな?」
横合いから地元民らしき男性から声をかけられて我に返った。
「はい。観光でここに来ました」
「そうか。ここの景色は脱帽ものだろう? でも一番いいのは夕方だ。赤い太陽に照らされた町並みは美しいぞ」
「教えていただいてありがとうございます」
「ああでもこの町の禁足事項は知っているよな」
「ええ。条例にもあります。塩と灰の精霊は呼ばない。鐘が鳴ったら地下に避難する、ですね」
「それと、大きな声じゃ言えないがスラムには近づくな、だな」
「はい。ご忠告感謝します」
私に続いてほかの三人も礼を述べた。
私たちの反応が気に入ったのか男性は笑顔でよい旅を、と言い残して去っていった。
「さて。三人とも景色に見とれるのもいいですがそろそろ宿に向かってチェックインしましょう」
「はい。でもお姉さま。昨日も聞きましたけどさっきの禁則事項、いったいどういうことなんですか」
「そうですね。ただルールだけを説明されても納得できないでしょうし、歩きながらこの町の歴史のお勉強をしましょうか」
坊ちゃまはお勉強と聞いて少しだけ嫌そうな顔をしたが、これも姉の務めだ。
「まずこの町は忌み嫌われた土地でした。理由は単純。塩と灰の精霊が時折現れるからです」
「ダンジョンの近くにはたまに精霊が出るらしいけど、ここはそれがすごく多かったらしいんだよねー」
そう補足したのは花梨だ。あまり詳しい突っ込みを入れられると一夜漬けがばれそうで内心ちょっとヒヤリとしている。
「ですがそれでは誰も住みたがらないのでは?」
「まあ、普通はそうでしょう。つまりここに住み着き始めたのは後ろ暗いことがある人。逃亡犯、逃亡兵、戦争に負けた難民。もちろんその中の一部は精霊によって殺されたはずです」
断定できないのは精霊に殺されると記憶が消えてしまうので、記録にも残りづらいからだ。
「ただその中にドワーフの集団がいたそうです。彼、ないしは彼女たちは岩山に穴を掘って住居にしました。そしてやがて、地下にいると塩と灰の精霊には襲われないということを発見しました」
「だから地下に避難するって決まってるんだね」
だからこの町の家屋のほとんどには今でも地下室が備わっている。
「ええ。ちなみに塩と灰の精霊が現れると鐘を鳴らす決まりになっていて、それが鳴った場合仕事を放っておいて地下に避難しても構わないことになっています。現在では精霊を召喚して身を守ることもできるらしいですが……あなたたちは特に注意しなさい」
雫と花梨は神妙にうなずいた。人間なら契約した精霊が護衛してくれる。しかし異種族が契約している精霊、ニールは持ち主を守らない。地下に避難する以外対処法がない。
「だから塩と灰の精霊を呼んではいけないのですね」
「ええ。紛らわしいですからね。もしも召喚した場合罰金、最悪逮捕されます。一年に一回あるかないかの出来事らしいですが、注意しておいた方がいいでしょう」
私自身精霊の恐ろしさは身に染みている。あれはもう、強いとか弱いとかそんな次元でどうにかなる存在ではない。
「では、お姉さま。スラムというのは?」
「……これも勉強ですね。少し遠回りになりますが歩きましょう。見ないと納得できないこともあるはずです」
こうして私を先頭にして人通りが少ない場所に向けて歩き始めた。




