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第十一話 会社

 児童養護施設の一件が一段落したある日。警察から連絡があった。

 狡い犯罪を繰り返す子悪党ならいざ知らず、清廉潔白なる法律家である私は何一つやましいことなどしていないので、堂々と応対したわけだけれど、その内容は少し奇妙だった。

 ある貿易会社の社長が私にコンタクトを取りたいと言ってきたらしいのだ。トラブルの匂いが漂っていたが、好奇心には勝てなかった。


『初めまして。石切貿易会社社長、石切・ロタムだ』

 居丈高で、人を見下ろすようなしゃがれた声音だった。昨日今日ではなく、長年人を使い続けたような印象を受けた。

「法律家の小百合と申します」

『早速だが本題に入らせてもらおう。件のマネーロンダリングの事件を解決したのは君だな?』

「はい。ですが偶然が重なった結果です」

 謙遜でもなんでもなく、賽の目がよかっただけだ。

『偶然か実力かなどどうでもいい。重要なのは結果だ。君のその手腕を見込んで我々を助けてもらいたい』

 これは珍しい反応だった。男の権力が強いこの国ではホムンクルスの女である私の実力や実績が評価されることはまれだ。だからこそ嫌な予感は収まらないのだが。

 そんな私の返答を待たず、石切様は話し続ける。

『ひとまず話を聞いてもらおう。君は実行犯の一人である女性がどんな報酬をもらっていたか知っているか?』

「高価な宝石だと聞いております」

『そうだ。それは精霊石と呼ばれ、わが社のみが採掘および流通させている。だがその女性が持っていた精霊石はわが社が管理していた精霊石ではない』

「では、何者かが盗掘した。もしくは……失礼ですが御社の社員による横流しとなりますね」

『遺憾ながらその通りだ。わが社ではそのような事件を密輸と呼ぶことにしている。そして君にはその犯人や手口を見つけ出してほしい』

「ですが私は一介の法律家に過ぎません。そのような調査は不得手です」

『わが社ではこのような不祥事は前代未聞の出来事だ。今こそ社長であるわしの手腕が問われている。たとえ無意味であったとしても何もしないわけにはいかんのだよ』

 どうやら石切様は周囲に対策をとっているとアピールしたいらしく、私に期待しているわけではないようだ。

「私としてはこの依頼を受けたいと思っていますが私は主の所有物に過ぎません。主に伺ってからそちらに改めて連絡してもよろしいでしょうか?」

 私の責任を和らげつつ、どちらとも取れるような言葉を選ぶ。社会人として当然の責任逃れだ。

『構わん。だが返答はせめて三日以内に頼む。もし依頼を受けるつもりなら交通費と宿泊費用はこちらが出そう』

 つまりタダで旅行に行けるとも受け取れる。石切貿易会社がどこにあるのかわからないけれど……そう考えれば悪い取引ではないかもしれない。このぬぐい切れない罠の気配さえなければ。




「石切貿易会社? じゃあ、あんたたち美馬土(みまど)に行くの?」

 夕食後のお茶の時間に石切様との電話でのやり取りを説明すると黄色い声を上げたのは菜月様だった。

 しょっちゅう我が家に入り浸り相伴にあずかるのはお嬢様としていかがなものかと思わなくもないのだが、もう今更誰も気にしていない。

「美馬土……確か、ここから東の観光地でしたか」

 私も記憶の底をさらってその名前を思い出した。ただ、観光地と現役の鉱山、というのはどうにも結びつかない。

「そうだよ。岩山をくりぬいた家に住んでいて、精霊石と塩が有名だね。僕もちょっと行ってみたいかなあ」

 坊ちゃまは完全に物見遊山気分だった。……この流れでは行かないという選択肢はなさそうだ。

「何度か聞きましたが、精霊石とは何ですか?」

「めちゃくちゃ綺麗な宝石よ! どんな角度から見ても違う輝きを放つ、ダンジョンでしか採掘されない宝石よ! あれを殿方に贈ってもらうのが女の子の夢なんだから!」

 菜月様はいい加減自分が良妻賢母にはなれないことを受けいれるべきだと思うのだけれど。案外人を使う才能は有るのでそっちを伸ばせばいいのに。

 とはいえ菜月様が興奮するほどの宝石を独占しているのが石切貿易会社だというのなら、その価値は想像に容易い。それを密輸する利益もまたしかり。

「坊ちゃま。美馬土に行ってみたいですか?」

「えっと、うん。ちょっと行ってみたいかな」

 やや遠慮がちだったが目の輝きは正直だった。

「そういえば来週は勇者様の降臨祭でしたね。なら、美馬土に旅行というのもいいかもしれません。二人はどうですか?」

 私が問いかけたのは雫と花梨だ。

「藤太様とお姉さまがよいのならば」

「はーい! あたしも行ってみたい!」

「いいわね! 観光地で降臨祭を祝うなんて素敵じゃない」

 返事したのは三人だった。

「……あの、失礼ですが……菜月様はついていけませんよ?」

「何でよ!」

「なんでも何も……呼ばれているのは私ですし、雫と花梨は坊ちゃまの所有物ですから構いませんが……菜月様は関係ないでしょう?」

「それに、菜月さん、どこかのパーティーに呼ばれてるって言ってなかったっけ」

「……なった」

「はい?」

「中止になったのよ! 私! 呼ばれたのに! なんかそこの社長がお金を不正に取引してたとかで捕まって!」

 はははは。

 どこの誰ですかね。会社の不正を暴いた法律家は。多分私です。

「それはお気の毒に。ですが、美馬土に来るならせめて自費でお願いいたします」

 菜月様はプルプルと震えていたが……突如立ち上がった。

「いいもーん。いいもーん! 私だけでも楽しい休日を過ごしてやるもーん! こんな家出て行ってやる!」

 そのままの勢いで飛び出していった。……ここは菜月様の家ではないのだが。

「お姉さま。あれでよろしかったのですか」

「大丈夫でしょう」

「うん。菜月さんなら明日にはケロッとして顔を出すんじゃないかな」

「それもそうですね」

 一家全員からいい意味で雑に扱われている菜月様だった。

「それよりも荷造りを始めた方がよさそうですね。坊ちゃま。旅行の経験はありますか?」

「……ないかなあ」

 つまり私以外遠出したことがないと。

「早めに準備するべきですね。忙しくなりますよ」

 三人それぞれの返事が室内に響いた。

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迷宮攻略企業シュメール 次回作です。時間があれば読んでみてください。中東のメソポタミアと呼ばれている地域で生まれた神話をモチーフにしています。
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