第九話 大金
「あんたの言いたいことは分かった。でも、院長先生を弁護してもらえないか?」
青い炎のように冷静に感情を燃やしている明日斗様の瞳が私を捉える。心の中で自分を持ち直したようだ。しかし私の返答は変わらない。
「無理です。弁護を引き受けることはできません」
「どうして」
「理由は二つあります。院長先生が逮捕された原因の一つは私にあること。そしてもう一つは……明日斗様。依頼人があなたであることです」
「え……俺?」
「ええ。あなたからの依頼であると院長先生が知ればおそらく断るでしょう」
「ど、どういうことだ?」
「あなたにも院長先生が逮捕された原因があるということですよ。まあ、責任は一切ありませんが」
「だからどういうことだよ!」
「明日斗様。あなたは何度かおつかいに行っていますね?」
「え、いや、待ってくれ、それは」
「どうなんですか?」
この後の展開が予想できたのか、視線をさまよわせて言い淀む。
「た、確かにある。花とか……そういうものを買ってくるように頼まれた」
「では念のためにお聞きしますが、花を数万束購入したり、純金製の造花を購入したことはありますか?」
「あ、あるわけないだろ⁉ そもそもそんな金、うちにはない」
言質を取ってからとどめを刺すための言葉の刃を振りかざす。
「法の精霊ミステラ」
『ああん? 何か用か?』
いつものように奇怪な知恵の輪を組み合わせたような物体が空中に出現する。いつ見ても思うのだけれど、私のミステラは不気味すぎないだろうか。
「先ほども申しましたが、法律家は犯罪に関わる取引などについて情報開示請求を行う権限があります」
「そ、それってプライバシーの侵害じゃ……」
「いいえ。許可、および実行するのは法の精霊です。精霊の判断は必ず正しく、同時に感情に流されることはありません。精霊に心はない……いえ、あったとしても人間には理解できないものでしょうし」
この点は地球よりもはるかに効率的で的確な部分だ。コンピューターが勝手に許可、検索してくれるようなものなのだから。きっと地球の弁護士や税理士が聞けば涙を流してうらやましがることだろう。
「ではミステラ。今から十日以内に明日斗様が売買した物品のうち、明らかに適切な値段で購入されていない商品があればそれを公開してください」
「待て、待ってくれ」
明日斗様の懇願をよそにミステラは淡々としゃべった。
『一件該当してるぜ』
普段いい加減なミステラがまじめな態度をとっていること自体、不吉な事態の前触れのようだった。
「待てって言ってるだろ!」
『三日前の花屋との売買で使用された金額は……』
「やめろ!」
再び立ち上がった明日斗様は悲壮な顔つきで制止しようとするが、精霊は誰にも止められない。
『二億四千五百万円』
砂漠に取り残されたかのように静寂だけが支配する。
常識的に考えて花束をそんな金額で購入することはあり得ない。それどころか二億以上の大金ともなれば所持しているだけであらぬ疑いをかけられてもおかしくない。
「これでお分かりですね? 院長先生は犯罪に加担していました。さらに加えると、明日斗様の引き取り先を探していたそうです。もちろん、取引の記録を消去するために」
その言葉がとどめになったのか、明日斗様は力なく椅子にへたり込んだ。




