第六話 自白
この児童養護施設を訪れるのは私が二度目、雫は三度目だ。
もっとも今回は事情が少し異なる。
「気分が乗りませんか?」
「……はい。今でも信じられません。あの院長先生が……」
おそらく子供たちも同じ気持ちなのだろう。院長先生を弁護する依頼を私に出すとは。ただし、私は依頼を断るつもりだ。というより、受ける意味がない。
「ここで立ち止まっていても仕方ありません。いきましょう」
つい先日まで楽しそうに子供たちが遊んでいた庭には陰鬱な影が差していた。それほどまでに院長先生の力は大きかったのだ。
何を隠そう私こそが院長先生を追い込んだ張本人であるのだけれど、それを子供たちはまだ知らない。さて、どんな修羅場になるのか……今から楽しみだ。
不安そうな職員が目を合わさず私たちを案内した先には厳しい顔をした子供たちがずらりと並んでいた。先陣を切っていたのは予想通り明日斗様。どうやら私を呼んだのはあくまでも子供たちだけの意志らしい。促されて長方形のテーブルに向かい合って座る。
「おはようございます。本日は……」
「前置きはいい。本題だけ話すよ。院長先生を助けてほしい」
「何から? 何故?」
「警察からだよ! あの人は無罪に決まってる! 何かの間違いだ!」
明日斗様は今にも噛みつかんばかりの勢いで私に詰め寄る。
「つまり院長先生の弁護を依頼したいのですね? そして私に無罪を勝ち取ってほしいと」
「そうだよ」
「お断りします」
明日斗様からぎりぎりと歯ぎしりの音が聞こえる。
「あんたもそうなのか。警察に捕まったから諦めろって……あんたもここの大人と同じように……院長先生に何もしないつもりなのかよ!」
「逆に質問させていただきますが、明日斗様はどこまでご存じなのですか?」
「院長先生が捕まったってことだけだ。大人は何も教えてくれない!」
憤懣やるかたなしという表情は、明日斗様だけでなく、この施設の子供たち全員に共通している。人間だけでなく、様々な異種族の怒り顔はなかなか迫力がある。雫は少し気圧されている。怯えているのではなく、共感しているためだろう。それほどまでに院長先生はこの子たちの心を掴んでいたのだろう。
(それでは……ええ、こんな可愛い子供たちに真実を告げないのはあまりに不憫というもの。真実を望むものに事実を告げる。これほど誠実な善行がありますか? 決して、この子たちが打ちひしがれる様子が見たいわけではありませんとも)
心の中でうそぶきながら、唇を吊り上げた。
「では、私がご説明いたしましょう。院長先生がなぜ捕まったのかを。話はそれからでも遅くないのではありませんか?」
「……あんたは知ってるのか?」
「もちろん」
「だったら教えて……教えてください。お願……」
頭を下げようとする明日斗様を制止する。人権のないホムンクルスが人間に頭を下げさせるなどあってはならないのだ。
「では説明します。院長先生の罪状は盗品譲り受けの罪です」
「盗品……?」
「はい。刑法二五六条に該当します。盗んだものをそれと知りながら受け取った罪です。ちなみに、何らかの報酬を支払っていたとしても、支払っていなくても罪になります」
これが盗品と知らなかった場合善意の第三者という最強のカードを切ることもできるのだけれど、今回それは絶対に成立しない。
「い、院長先生がそんなことするはずないだろ! 盗んだ品物を受け取るなんて……」
「事実ですよ」
「しょ、証拠は⁉ 証拠はあるのか⁉」
明日斗様は怒りのあまりか、立ち上がり、一縷の望みにすがるように泣きじゃくりそうな顔でまくしたてる。だが無意味だ。
「あります。そしてそれがあなた方からの依頼を受けない理由でもあります。なぜなら院長先生はすでに自白しているからです」




