第三話 禍福
件の孤児院は思いのほか近くにあった。ラルサ王国の首都、異京の中心地からはやや外れていたものの、最寄りの駅ならぬ最寄りダンジョンから十数分で到着した。
商館か何かを改築したと思しき建物には飾り気がまるでなく、古びていたものの、陰気さはなく、むしろ陽気につつまれていた。
子供たちや職員らしき中年の女性の明るい声と表情がこの場所に光をもたらしているのだろう。ただ、地球とは違い、一つ目の子供やら、とさかがある鳥人間らしき異種族の子供がいることが違う。一応、異種族の保護も行っているようだ。
そんな場所に私は調査に向かう。まあ形式的なもので、これも社会体験ということで雫と花梨も同行させた。
この二人は同年代(ホムンクルスの年齢を数えることに意味があるかどうかはさておき)の知人や友人が少なすぎる。もう少し視野を広げるべきだろう。
孤児院に近づくと、子供や職員たちから好奇の視線を投げかけられることになった。
何しろメイド服を着た大中小の三人の女だ。メイド服でたむろしている従者が珍しくないラルサでも思わず二度見されることも少なくない。が、どうにも視線に不安が入り混じっているようにも見えた。
それを少し訝しんでいると、一人の少年が近づいてきた。十歳ほどで、茶髪のツンツン頭が特徴的だった。
(おや? この子、確かどこかで……)
この少年には見覚えがあった。確か、以前パンを買い出しに行ったとき、物乞いをしていた少年だった。あの時に比べるとずいぶん血色がよくなっている。
なぜか少しだけ体を傾けて、やや挑戦的な視線を私に向けるが、言葉もまたやや喧嘩腰だった。
「あんた、誰かを引き取りに来たのか?」
ああ。そういうことですか。少年のしゃがれた声に得心する。
当然ながらメイド服は侍従であることを示す服だ。普通なら誰かの命令でここに来るはずだ。例えば、金持ちが孤児を引き取る下見に向かわせた、というように。
「いいえ。私たちは諸事情でここを訪れただけです。用事が済めばすぐに出ていきます。施設長はいらっしゃいますか?」
少年は私の言葉に少しだけ警戒を解いたようだった。
「院長先生のこと? こっちだよ」
私は少年に追従しつつ、ふたりには別の指示を出した。
「雫。花梨。あなたたちはほかの方々から話を聞いてくれませんか?」
「承知いたしました」
「はーい。解剖していい?」
「ダメに決まっているでしょう」
花梨はゴブリンの解剖がよっぽど楽しかったのか、初めて見る異種族を解剖したがるようになった。周囲は冗談だと思っているようだが、確実に本気だ。この施設には人間以外の異種族も少なくない。
「はーい……」
ちゃんと見張っておくように。そう雫と目線で会話した。
たまに軋む廊下を通り抜け、二階に上がる。たまに花瓶に飾られた花は庭園で摘まれたのだろう。その程度には経済的に余裕があるらしかった。
「院長先生。入ります」
ノックはせず、返事を聞くとすぐに入室した。
中には柔らかそうな笑顔がとてもよく似合っている初老の女性が書類と格闘しているようだった。
「ああ、連絡いただいた法律家さんですね。明日斗くん。案内してくれてありがとう」
少年はねぎらいの言葉に少しだけ照れているようだった。これでだけでも慕われていると想像できる。
「少しだけ二人で話します。年少の子供たちの面倒を見ていてくれませんか?」
「はい。院長先生」
二人だけで執務室で相対し、特に世間話もせずに本題を切り出した。院長先生は頷き、ふくよかな体を意外と素早く動かし、書類の一部を抜き出した。
「どうぞこちらを」
企業や個人からの寄付、支援する契約などの書類にざっと目を通す。
ちなみに法律家個人に情報開示請求を行う権限はないし、それは事前に通達してある。それでも快く引き受けたのは不正などしていない、あるいはしていても隠し通せる自信があるからだろう。
「確かに。不備はありません」
少なくとも不正は見当たらない。そもそも本腰を入れるべき仕事でもないのでここでさっさと引き上げるべきだろう。
そんな私の様子を見透かしたのか、院長先生は先手を打ってきた。
「法律家さん。せっかくでしたらこの施設を見ていってはいかがですか? 私たちの活動を知っていただきたいんです」
そう言われれば断る理由は特にない。前世の児童養護施設とこの世界の孤児院どんな違いがあるのか、もう少し眺めてみてもいい気がした。




