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第一話 組手

 じわりと暑気を帯び始めた朝の庭に、二つの影が向かい合う。

 片方は黒髪の女性。もう片方は亜麻色の髪の少女。両者ともに髪をまとめ、動きやすい服装だった。

 お互いに軽くステップを踏みつつ機を窺う。

 先に黒髪が流れるようにジャブを放つ。誰でも簡単にできる最強の基本技は人間に近い生物なら絶対に通用する。

 亜麻色の少女は間合いを計るように小刻みに前後する。その動きの中で一瞬だけわずかに身を沈ませる。それをタックルの予備動作だと判断した黒髪は腹と膝に力を入れ、衝撃に備える。

 しかしそれはブラフだった。黒髪の少女は朝の空気を切り裂くようなハイキックを繰り出した。それを躱せたのは偶然だったのだろう。その幸運を無駄にすることなく黒髪は距離を詰めようとした。

 しかし亜麻色の少女はハイキックの勢いを殺さず、コマのように回転し、後ろ回し蹴りに接続した。そのまま亜麻色の少女の足は黒髪の側頭部に吸い付くように向かい……ぴたりと止まった。


「ここまでですね。相変わらず、すごい腕前です」

 黒髪の女性こと竜胆小百合が、構えを解き、亜麻色の髪の少女こと竜胆雫に感嘆交じりの声をかける。

「はい。お姉さま。ありがとうございました」

 組み手を終えてお互いに軽く一礼する。これで朝の稽古は終わりだ。

 なぜこんなことをしているのかはさして込み入った事情ではない。雫がトレーニングをしたいと言い出した。確かに雫の運動能力はずば抜けているけれど、刃は研がなければさびてしまう。

 そのため訓練を行うことに異論はなかったのだが……ラルサにも道場のようなものはある。ただし、お国柄として女性が武術を学ぶのははしたないとされている。

 いいあてがなかったため結局私が相手をすることになった。運動不足解消にちょうどいいなどと楽観的な考えを抱いていたのは初日だけだった。

(殺意が高すぎるんですよね……)

 雫の攻撃は正確かつ的確に急所を狙ってくる。しかも訓練内容もかなり厳しい。今回のような素手での戦闘はもちろん、模擬ナイフを使った組手、ワイヤーを使った訓練……明らかに実践を想定している。

 前世で軽く護身術を嗜んでいただけに雫が本気であることが理解できてしまう。正直、ちょっと怖い。

「お姉さま? どうかしましたか?」

 つぶらな瞳でかわいらしく尋ねてくる姿から、この子がゴブリンやオオグチオオカミとやりあえる猛者であると想像するのは難しい。

「雫は疲れたりしていませんか? 訓練に私よりも時間を費やしているでしょう?」

「その分、昼間はお休みをいただいていたりしていますから大丈夫です」

「訓練そのものの疲れは? 筋肉痛とか」

「本気で動けば後の反動がありますけど……普段の訓練では、特には」

「本気?」

「はい。こう、普段出せる力以上の力を体に籠めるというか……そういう感覚です」

「火事場の馬鹿力というやつですかね」

 生物には追い詰められたとき限界を超えた力を出すことがあり、一流のアスリートならある程度それをコントロールできるという。雫の並外れた運動能力の秘密の一端はそれなのだろう。

 ただ、限界は超えてはいけないからこそ限界なのだ。

「念のために聞きますが、どんな症状です?」

「筋肉痛や、節が腫れたりしますね」

「それは結構大事でしょう。オオグチオオカミに襲われたときや、ゴブリンを捕獲した後もそうなったんですか? 雫。そういう時は迷わず私に言ってください。あなたの体が一番大事ですからね」

「ありがとうございます」

 花がほころぶような笑顔だった。ただし、そのあとに続いた言葉は可愛くなかった。

「でも、オオグチオオカミはともかくゴブリンはそれほど苦しくありませんでした。楽な仕事でしたから」

 ……どうやら、ゴブリンは本気すら出さずに捕獲できたらしい。それはある意味、火事場の馬鹿力を引き出せることより恐ろしいことではなかろうか。

(私、そのうちこの子に殺されませんかね……?)

 ちょっと、ではなく、結構危機感を覚えるのだった。

申し訳ございません。

予定より少し遅れました。

第三章の投稿を開始します。

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迷宮攻略企業シュメール 次回作です。時間があれば読んでみてください。中東のメソポタミアと呼ばれている地域で生まれた神話をモチーフにしています。
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