第五十五話 虚飾
「雫。花梨。ありがとうございますあなたたちのおかげで無事に済みました」
「お役に立てたのなら何よりです」
「えへへ。ありがとう小百合おねえちゃん。でもひどいよ雫おねえちゃん。私をおいて一人で行っちゃうんだもん」
「ご、ごめんなさい。早く届けないといけないと思って……」
「二人とも。お客様の前ですよ」
立ち止まっていたサラ様に追いついた私たちはぴたりと口と体の動きを止めた。
「そんなにかしこまらなくていいわよ。むしろ私がお礼を言わなければならない立場なんだし」
「いいえ。私たちは侍従で、異種族ですから。礼を失するわけにはいきません。ところで結局今日は何の日なんですか?」
「何でもないわ。ただのハッタリよ」
ちょっと恥ずかしそうに真実を明かした。
「おおー。サラさん悪女ってやつ?」
「花梨。失礼ですよ」
「悪女……ね。なれるならなりたかったわ。でも、結婚記念日が近いのは本当なの。結婚記念日を私はずっと覚えていた。自由に買い物はできなかったから、ちょっとだけ豪華な夕食を用意して、なるべく好きなものを揃えて待っていたわ。去年も、一昨年も、その前も……ずっと待っていたわ」
その声に後悔は感じなかった。乾ききった諦念だけがあった。アルス様は帰ってこなかったのだろう。
「法律家さん。本当にアルスさんはこれで諦めると思う?」
「諦めますよ。もう勝ち目がないことを向こうの代理人は理解しています。アルス様は難しいでしょうから、アルス様のご家族を説得するでしょう」
もしもここでこじれて裁判にまで発展すれば未来永劫最初にゴブリンに嫁を盗られておまけに相手に慰謝料まで払った間抜けな夫として記録に残る。
ここで終われば噂くらいにはなるかもしれないが、そのうち煙のように消えるだろう。多少譲歩をしてやればもっと話はスムーズに進むに違いない。
「そうね。あの人なら両親には決して逆らわないでしょうし」
私よりもよほどアルス様を理解しているサラ様が断言したのなら間違いない。
「それにしても向こうの法律家さんも大変ね。あんな男の面倒を見なければいけないなんて」
もう完全にアルス様を見切ったらしく他人事の意見しかしない。女性らしいしたたかさだ。男はこういう時未練がましい奴が多くて困る。
「そうですねえ。メロウ様は今頃、部屋の片隅でめそめそと涙を流しているのではないでしょうか」
「さすがにそんな人には見えなかったけどね」
(どうでしょうかね。私の目にはメロウ様はそういう人間に見えましたが)
私の独り言は誰に聞こえるわけもなく、消えていった。
顔を真っ赤にしたアルス・藤木は初老の男、エドワード・デミルにつかみかからんばかりの勢いだった。
「何が法律家だよ! とんだはずれのクソガキだ! あれで金をもらっているのか⁉ こっちが金をもらいたいくらいだ!」
「申し訳ありません。これからは私もお手伝いさせていただきます。必ずやご期待に応えます」
彼にとって逆上する依頼人の顔など自分の娘の顔よりも見飽きている。ゆえに頭を下げることに躊躇いを感じない。
「ち! 頼むぞ!」
肩をいからせながら、アルス・藤木は立ち去った。それを確信してから頭を上げる。
エドワードが家庭裁判所に訪れていたのはたまたまだ。揉めている依頼人とメロウを見かけて仲裁に入ったのだ。
そしてメロウがいなくなっていることに気づいたエドワードはメロウを探し始めた。メロウの行き先に心当たりがあった。




