第四十八話 理由
当然ながら待ち受けていたのはアルス・藤木様、アタ・メロウ様。お互いにスーツのようなフォーマルな服装だった。
アルス様は厳しい表情のまま腕を組み、メロウ様は私をちらりと一瞥し、小ばかにしたような表情を作った。
いつの間にか扉が閉まっていた。これでこの部屋は外界から隔絶された空間になった。
『まずはお二方ともお座りください』
メロウ様の法の精霊ミステラが議事進行を担当するので、私たちもそれに従い、着席する。
『では今から第一回目の調停を行います。まずはアルス・藤木様、および代理人のアタ・メロウ様。本件に至るまでの経緯を説明してください』
はい、と返事したのはメロウ様だった。きざったらしい大げさな仕草をしながら説明する。
「事の発端はサラ・藤木さんが伴侶を持った身でありながらゴブリンと不貞行為を働いたことにあります。彼女の軽率な行動によってアルス・藤木様は心身ともに傷つき、離婚へと踏み切りました」
『サラ・藤木様。何か反論はございますか?』
ちらりとサラ様が視線を送ってくる。私に任せるということだろう。
「サラ様がゴブリンと肉体関係にあったことは事実です。しかしながらそれは離婚理由としては不適切です。なぜならサラ様とアルス様はそれ以前に夫婦関係は破綻していました」
メロウ様の表情はそのままだったが、アルス様は無言だったものの、表情は怒りを隠そうとはしていなかった。私の言葉に相当な不満があるらしい。
『と、言うと?』
「サラ様はアルス様のご両親からたびたび心無い言葉をかけられていました。例えば子供ができないことをサラ様のせいにする言葉。あるいは家事が十分に遂行できないと難癖をつけていました」
「調停委員。反論をしてもよろしいですか?」
『どうぞ。法律家メロウ様』
「嫁にやってきた人物を両親が指導するのは当然です。子供を産むことも女性としての義務でしょう?」
……現代日本でこんなことを言い出せば間違いなく袋叩きにあうだろう。しかし心の中ではこんなことを思っている男性は想像よりもずっと多いはずだ。
ラルサでは大声で口に出したとしても咎められるどころか賛同の声が一気に上がるだろう。
『法律家小百合さん。他に意見はありますか?』
私にも、メロウ様にも賛意を示さず、機械的に先を進めてくる。
「サラ様はアルス様から自由な時間を大幅に制限されていました。昔からの友人に会うことはおろか許可がなければ外出さえできませんでした。これを正常な夫婦関係と呼べますか?」
『法律家メロウ様。反論は?』
「させていただきます。アルス様は一家の家長であり、ラルサ生物学会の一員として身を粉にして働いておられます。ならば妻として多少の不自由は甘受するべきでしょう」
これがこの国の現実だ。男女平等法は制定されている。しかしそれでも金を稼いでいる方が偉いという論理がまかり通ってしまっている。
「ではアルス様が連日朝帰りをなさった事実はどう説明しますか?」
ちなみにこれはニカルさんからの情報と菜月様の調査の結果だ。妻を軟禁しておきながら自分は遊び放題とはなんとも厚かましい。
「それは仕事の延長です。同僚と交友を深めることも立派な業務です。アルス様の同僚からもアルス様はとてもまじめで優しいお方だと伺っております」
これはおそらく事実だろう。職場ではありとあらゆる意味で優秀な人間が家庭内で豹変するという事例は珍しくもない。
「では、夜ごと同僚と飲みふけっているのですか?」
「くどいですね。これは男同士の交流にすぎません。何ら法に反することはありません」
「確認します。同性同士で遊んでいたとしてもそれは何も問題はない。違いませんね?」
「ですからそう言っているではありませんか」
……いいでしょう。言質は取った。
「そうですか。よくわかりました」
舌戦の成果としては三対七くらいで私が不利か。しかしもともと負け戦であることを考慮すればさらに負けが近づいただけだ。大した問題ではない。




