全治
「アーレース! リデリアちゃんの淹れたスペシャルティーを持ってきたよー」
普通の茶葉で淹れた普通のお茶なんだけどなと思いながら、リデリアも一緒に入室する。
ラッドヤードはウエイターのような気取った仕草でサイドテーブルに盆を置いた。アレスの背中を支えながら起き上がらせて、水差しの中に移し替えたお茶を「はい、あーん」と言いながら彼の口に流し込む。
アレスの喉が小さく上下した気がした。まだ液体を飲み込むくらいの力は残っているらしい。リデリアは黙ってその様子を見守っていた。
「こ、これは……!」
その瞬間に、予想だにしなかった事が起こった。
茶を飲むなり、アレスが驚愕の声を出したのだ。病人のものとも思えない張りのある大声に、リデリアは仰天してしまう。
「おい、これは彼女が……?」
「うん、そうだよー」
びっくりして固まっているリデリアを見ながら、アレスがラッドヤードに何やら尋ねている。ラッドヤードはおかしそうに笑いながら、いつもの軽い調子で答えていた。
「だが、まさかこんな短時間で用意できる訳が……。いや、それでも……」
アレスはラッドヤードの手から水差しを受け取ると、自力で茶を飲み干した。そして、衝撃的な事に毛布をはねのけると、ベッドから降りて部屋を歩き回り始めたのである。
リデリアは突然の事に何が起きているのか分からなかった。彼は先ほどまで自力で起き上がる事もできず、死の淵に片足を突っ込んでいるような状態ではなかったのか。
「あ、あの、アレスさん、怪我は……」
混乱しつつもリデリアは問いかけた。アレスは顔の包帯やガーゼを鬱陶しそうに取りながら、「治った」と手短に答える。
「君はすごいな。一体何者だ?」
「え、私?」
何故か自分の事に話が及んでリデリアは困惑した。
「普通の……魔導師ですけど……」
この国では魔法が使える人は皆『魔導師』と呼び表されるのだ。それは別に特別な称号でも何でもない。だが、リデリアの答えにアレスは感心したように「謙虚なんだな」と頷く。
「王宮に仕えていた……訳ではないか。私は君の顔を知らない。どこかのギルドの伝説級の冒険者か、あるいは高名な魔法薬学者か……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
アレスが何かとてつもない勘違いをしているようだと気が付いたリデリアは、思わず彼の話を遮った。
「私、全然そんなのじゃないです。皆から『お茶汲み聖女』って馬鹿にされてるし、所属していたギルドだって役に立たないからってクビになったばっかりだし……」
「そんな馬鹿な」
アレスはショックを受けたような顔になった。事の真意を確かめるようにラッドヤードの方を見たが、彼は「びっくりでしょ?」とリデリアにとって訳が分からないような返事をしただけだった。
「君の所属していたギルドはどこだ? 目利きもいない、よっぽどの弱小ギルドか?」
「白鷲団ですけど……」
「白鷲団だって……? なるほど、トップがあれでは、落ちるところまで落ちる訳だ。玉と石の区別もつかないのか。節穴なんて言葉じゃ足りないぞ……」
アレスは何故か憤りを覚えているようだった。リデリアはもはや自分の頭で状況を理解するのは不可能だと判断し、「何が起こってるんですか?」とアレスとラッドヤードに尋ねた。
「何でいきなりアレスさんの怪我が治ったんですか? アレスさんはただ、私が淹れたお茶を飲んだだけなのに……」
「お茶だって?」
アレスは目を見開いた。
「ただのお茶にこんな事が出来る訳ないだろう。あれは魔法薬だ」
「ま、魔法薬?」
「そうだ」
アレスが重々しく頷く。
「あれは最上級の調合難易度を誇る万能薬――エリクサーだ」