千の顔の素顔
「相変わらず、美味しそうなの淹れるねー」
女性に見送られながらキッチンを後にして、リデリアは外で待っていたラッドヤードと合流した。ラッドヤードはリデリアの代わりに盆を持つと、「行こうか」と促す。
ラッドヤードは両手が塞がっているためにこちらの手を引いてこなかったが、とっくに逃げる気を失っていたリデリアは、大人しく彼の後をついて行く。
「ラッドヤードさん、さっき厨房で私、色々な話を聞きました」
リデリアはあの話について、早速本当の事を聞き出そうとした。
「ラッドヤードさんが皆のために盗みをしているって、本当ですか?」
「皆のためっていうか、俺がしたいからしてるだけだけどねー」
ラッドヤードははっきりとした答えは返さなかったが、その返答はリデリアの言葉を肯定すると見て差し支えのないものだった。
「だって放っておけないじゃん? 俺、弱いものの味方だしー。まあ、盗んでるって言ったって、相手は悪徳貴族とか、非合法的な商売を裏でしてる商人とかだから、大して罪悪感もないしねー」
「っていう事は、義賊なんですか?」
「えー。そんなカッコいいもんじゃないよー。俺はただの『千の顔』、怪盗ラッドヤードくんでーす!」
リデリアの言葉に、いつものふざけた調子でラッドヤードは返した。だがリデリアは、彼は弱い立場の者にとっては、まさに正義の味方のような存在なのだろうと思った。
「私、ラッドヤードさんの事、誤解してたみたいです。……ごめんなさい」
浮ついた言動の裏で彼は随分と色々な人を救ってきたのだろうと気が付いたリデリアは、今まで彼の事を面白半分で盗みを働く犯罪者だと思っていた自分を恥じた。
それに対し、「いーのいーの」とラッドヤードは返す。
「リデリアちゃんが見てたのも、俺の『顔』の内の一つだし? 気にする事ないってー」
「そうですか……」
寛容な人だと思ってリデリアは感心した。ラッドヤードに心を許し始めたリデリアは、「ラッドヤードさんは、どうして弱い人を助けるんですか?」と尋ねる。
「うーん。俺もあんまり恵まれた環境にいなかったからねー」
いかにも暗そうな過去を、ラッドヤードは曖昧な言葉で表現した。
「それでさ、辛い事がある度に、誰か助けてーって思ってたんだけど、そんなに都合よく救世主なんか現れる訳ないじゃん? だから俺、昔から大きくなったら自分がそんな『都合のいい人』になってやろうと思ってたんだよねー」
だから彼は自分の事を『弱いものの味方』と表現しているのか。彼は幼い頃からの夢を叶えたらしかった。
「じゃあ、アレスさんもラッドヤードさんにとっては『弱い者』なんですか?」
リデリアは、厨房で女性が言っていた事を思い出していた。
「ラッドヤードさんは、アレスさんが無実の罪を着せられたって思ってるんですよね? だから助けたんですか?」
「そうだよー」
ラッドヤードは頷く。
「まあ、その話は本人からしてもらった方がいいかなー?」
そう言いながら、ラッドヤードはアレスが寝ていた部屋のドアを開けた。