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魔王軍の隠れ家

 リデリアがラッドヤードに連れられてやって来たのは、王都近郊の赤の森だった。


(やっぱり魔王はここに潜んでるんだ……)


 ラッドヤードはリデリアに「魔王軍に来ないか」と言ってここに連れてきたのである。だとするならば、当然魔王もこの森にいるはずだろう。


 赤の森に魔王が身を隠しているというのはただの噂だと考えている人もいたが、どうやらそんな事はなかったらしい。


 自分の住んでいた場所のすぐ近くにそんな不気味な存在がいたのかと思うとゾッとしたが、今リデリアが向かっているのは、まさにその悪の首魁しゅかいを中心とした恐ろしい集団のいるところなのである。


 リデリアは、お尋ね者リストに載っていた魔王の残虐極まりない表情をした似顔絵を思い出して鳥肌を立てた。


 だが、ラッドヤードにかけられた魔法がまだ効いているのか、どうしても足は止まらず、彼の手を振り払う事さえ叶わない。リデリアにできるのは、ただ力なくラッドヤードに話しかける事だけだ。


「どうして私なんですか……?」


 リデリアには、未だにラッドヤードが自分を魔王軍に誘った理由が分からなかった。リデリアは、強い魔法が使える訳でも際立った才能がある訳でもない。『お茶汲み聖女』と呼ばれるような無力な自分の、一体何が彼の興味を引いたというのだろう。


「まあ、それはこれから分かるからー」


 ラッドヤードは鼻歌でも歌うように返事して、ある大きな木の傍に立ち止まり、懐から杖を出す。そして、木についている目立たない小さな瘤を杖先で三回叩いた。すると、瘤を中心に幹が二つに割れ、下へと続く階段が現れる。


「ようこそ、隠れ家へ!」


 ラッドヤードが客を宴に招待するような声を出す。リデリアは、ぽかんと口を開けた。


「隠れ家って、まさか魔王軍のアジトですか!? こんなもの、一体いつの間に……。だって魔王がナーシルさんにやられて逃げてからまだ十日しか経ってないんですよ!?」


 石の階段はところどころすり減り、隅の方には苔が生えている。今日昨日急造した場所でない事は明らかだ。


 しかしながらラッドヤードはその質問には答えずに、「『アジト』なんて物騒な言い方よしてよー」と不満顔になる。


「それじゃあまるで悪人の巣窟みたいじゃん? あくまでも、ここはただの『隠れ家』だから!」


 そんな風に言われても、魔王軍の住処なのだから『アジト』という表現で差し支えないだろうとリデリアは思った。いよいよ本格的に恐怖心が湧き出てきて、リデリアは泣きそうになる。


 こちらの気も知らず、ラッドヤードはリデリアの手を引いて階段を下りていく。二人が階段の中ほどに差し掛かると、開いていた入り口は自動的に閉まった。


 もしかして、この中は高度な探知不可能魔法がかけられているのだろうか。だから、今まで誰も森に潜伏する魔王を見つけられず、『魔王が赤の森にいる』という『噂』のみが流れていたのかもしれない。


 階段を下りた先は長い廊下になっていた。窓がないから恐らく地下だろう。石造りの壁には扉がいくつもついており、ある一室の前では老人と子どもが立ち話をしている。


(ま、魔王の仲間だ……)


 リデリアはとっさに身を固くしたが、よく見てみると、彼らがそんなに凶悪そうな雰囲気を纏っていない事に気が付く。会話の雰囲気も和やかなもので、近づいてきたラッドヤードに対し、リデリアを指さしながら「おっ、新入りかい?」などと気軽に声を掛けていた。


「今の人たちは……」


 二人の傍を通り過ぎた後、リデリアは怪訝に思ってラッドヤードに尋ねてみる。ラッドヤードは「ある貴族の家から連れてきたんだよー」と答えた。


「二人とも使用人だったんだけどさー。そこの当主が中々問題のある人だったんだよねー。使用人にしょっちゅう暴力を振るったりしてさ。そんなの見たら放っておけないじゃん? 俺、弱いものの味方だし?」


「助けたって事ですか?」


「助けたっていうか、「うち、来る?」って誘ったらついて来た感じー?」


 どうやら彼はリデリアの他にも人を誘っていたようだ。それにしても、ただの使用人なんかを魔王軍に引き入れてどうしようと思ったのだろう。リデリアには、ますます彼の考えている事が分からなくなる。


 道中、あの二人以外にもリデリアは何人もの人にすれ違った。老若男女様々だが、比較的老人や子供が多い印象だろうか。


 リデリアは人と会う度にラッドヤードに彼らの事について尋ねたが、いずれも悲惨な境遇を見かねたラッドヤードが「うち、来る?」と言って勧誘した者ばかりだった。


 そのどれもが一般人であり、高い戦闘能力などを有している訳ではなさそうだ。


 そのため、リデリアは段々とここが魔王のアジトであるという事も忘れ、いつの間にか緊張も解けてしまっていた。


「まあ、基本無理強いはしないようにはしてるけどねー」


 すれ違った少女に手を振りながらラッドヤードが言った。


「皆、色々事情とかあると思うしねー」

「私は無理やり連れて来られたんですけど……」

「それは例外って言うか……。俺も急いでたしー。あっ、ここが嫌になったら、ちゃんと帰してあげるよー?」


 そんな事をあっさりと言ってのけたラッドヤードにリデリアは驚いた。魔王の仲間にされたが最後、死ぬまで忠誠を尽くす様に言われるかと思っていたのだ。


 リデリアが混乱していると、ラッドヤードはある部屋の前で足を止めた。そして、扉の向こうへと声を掛ける。


「開けるよー。魔王様!」


 そのどこかからかうような声を聞くなり、静まっていたリデリアの心臓が大きく跳ねた。ラッドヤードは、リデリアが心の準備をするのも、部屋の主がいらえを寄越すのも待たずに入室した。

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