聖女と魔王と怪盗と
「えっ……」
周囲に広がる光景に、リデリアは唖然とした。隠れ家の入り口近くの廊下ではないか。
「これは……」
近くにはアレスとラッドヤードもいる。アレスが何が起きたのか分からないような顔をする一方で、ラッドヤードは「大成功ー!」とはしゃいだ声を出していた。
「白鷲団に潜入していた時に、宝物庫から持ってきたんだー!」
ラッドヤードは、懐から手のひらに乗るくらいの小さい半透明のケースを出した。中には木の実を思わせる灰色の球体が二つ入っている。ケースはその球体が三個入るようにデザインされていたが、その内の一つが空になっていた。
「よく行く場所に瞬時に移動できちゃう優れものだよー。えっと、名前は確か……」
「ラッドヤード! 何を考えているんだ!」
ラッドヤードの言葉を遮ったアレスは、信じ難そうな声を上げた。
「あんな宣言をして私を連れてきたりして! あれじゃあ誘拐だ! 分かってるのか! せっかく罪を許してもらったのに、また犯罪者に逆戻りだぞ!」
「えー。だってー」
「それにリデリア殿もだ! 何でラッドヤードのする事に協力したんだ! このままだと君にまで罪が……」
「嫌でした?」
ラッドヤードの言葉を無視し、いつもの冷静さをかなぐり捨てて怒鳴り散らすアレスに、リデリアは落ち着いて問いかける。あまりにもリデリアの声が静かだったからなのか、アレスは口を開けたまま黙った。
「せっかく隠れ家に戻って来られたのに……アレスさん、嫌なんですか?」
「い、いや、私が言っているのは二人が……」
「私たちの事は今はどうでもいいです。答えてくださいよ。嫌なんですか?」
こんな強引な言葉が自分から出てくるなんて驚きだ。それでもリデリアは、アレスの口からきちんとした答えが聞きたかった。
隠れ家に来てから何だか大胆になったと自分でも思う。白鷲団で『お茶汲み聖女』と呼ばれて押さえつけられていたものが解放されたからだろうか。
リデリアはアレスの『誘拐』に協力した事を悔いてはいなかった。彼はすでにリデリアにとっては仲間の一人だ。そんな人を助けられたというのに、一体どうして後悔しているなどという事があるだろうか。
リデリアは、アレスも同じように感じていて欲しいと思っていた。ここに『連れて来られた』事を後悔して欲しくない。彼にも自分たちは仲間だと言って欲しかったのだ。
「そ、それは……」
リデリアの真剣な眼差しに、アレスはひるんだような顔になる。今だけはラッドヤードも茶化さずにアレスの返事を待っていた。
「そんなの……嬉しいに決まってるだろ……」
アレスは本音を零した。それは本人の意思を裏切って不意打ちで彼の腹の中から飛び出してきたようにも聞こえたが、アレスはその言葉を否定する事はなかった。そして、顔をくしゃくしゃにすると大きな声で笑いだした。
「ああ、もう! 最高だよ、二人とも!」
アレスにつられて、リデリアとラッドヤードも笑い始める。戻ってきた、と思った。こうして三人で過ごす時間がなくなってしまわなかった事に、リデリアは深く感謝した。
隠れ家は確かにリデリアの居場所だ。だが、二人がいなければこんな風には笑えない。
自分をここに誘ってくれたラッドヤード。いつだってリデリアを丁重に扱ってくれたアレス。
二人とも、もうリデリアの中では欠く事のできない人物になってしまっている。そんな大切な人たちがいるところが本当の意味でのリデリアの『居場所』だ。
やはり自分は変わったのだとリデリアは悟る。最初は魔王軍になんて入りたくなかった。それでも今は――。
(ここを守るためなら、きっと私、怪盗の相棒や魔王の手下にでもなってしまえる)
そんな確かな予感を覚えたリデリアは、愉快な気持ちになって一段と高い笑い声を上げたのだった。