一件落着?
「さて、これで一件落着って感じー?」
ちゃっかり恩赦の許可をとりつけたラッドヤードが笑いながら言った。
その時、ドカドカと荒っぽい足音が聞こえてきた。小人の大群が、キーキー鳴きながらこちらへと近づいてくる。
「あっ、皆にもう撤収していいよーって言って来てー。どこか好きな場所に帰っていいからねーって」
騎士たちはすぐさま王を庇うように前に出たが、ラッドヤードは呑気に小人に話し掛けていた。
小人は踵を返して来た道を戻っていく。殺気立っていた騎士たちは、肩透かしを食らったような顔になった。
「じゃあ、俺たちも帰ろうか」
ラッドヤードがこちらを見て言った。
「そうですね」
「ああ」
リデリアと共に、アレスも頷いた。しかし、王は不可解そうな顔をする。
「アレスよ、どこへ行く?」
「……あっ」
アレスははっとしたような表情になる。ごく自然にラッドヤードの言葉に頷いてしまったものの、無実が証明されたアレスは、もう隠れる必要などないのだ。ついにアレスが隠れ家から出て行く瞬間がやって来たとリデリアも気が付いた。
「ええと……じゃあ、その、元気で……」
アレスは目に見えて暗い顔になると、リデリアとラッドヤードによそよそしい挨拶をした。
リデリアには、今のアレスが別れの言葉なんか交わしたくないと思っているとすぐに分かった。
(アレスさん、やっぱり戻りたくないんだ……)
悔いはない、なんて言っていても、やはり彼は完全に割り切っている訳ではなかった。ギスギスした空気が漂う権力闘争の激しい王宮になんて帰りたくないと考えている。もっと違う場所で、違う人たちと過ごしたいと思っている。
「アレスさん……」
リデリアは思わず声を掛けてしまった。だが、そんな事をしたって彼を引き留める事は叶わないのだ。王宮大魔導師はやめる事のできない職。その決まりはリデリアごときに捻じ曲げる事は許されていない。
「もー。二人とも、何しょぼくれた顔してるのー?」
そんな中、ラッドヤードだけがいつもの朗らかな調子だ。ラッドヤードはリデリアやアレスと肩を組みながら、二人の頬を長い指で突く。
「せっかくの可愛い顔と綺麗な顔が台無しじゃん?」
そんな風に言いつつも、ラッドヤードがこっそり、「俺が合図したら、目くらましに何かして?」と耳打ちしてきた。リデリアはちょっと驚いて目を見開く。
(これがラッドヤードさんの言っていた『手』? 一体何をする気だろう……)
どんな手段に訴えるのかはまるで見当もつかないが、今の自分に出来るのは、ラッドヤードに協力する事だけだ。そう判断したリデリアは、黙って小さく首を縦に振った。
「そんなに心配しなくても、『千の顔』の怪盗ラッドヤードくんに任せておいてよー」
「……おい、何を言ってるんだ」
アレスは不可解そうな顔になる。ラッドヤードはニヤリと笑った。
「忘れちゃった? 俺、今まで色んなお宝を盗んで来たんだよー?」
ラッドヤードは、おかしそうに言った。
「だから、『王様のお気に入り』も盗んじゃおっかな、ってこと!」
ラッドヤードがリデリアの肩を二回叩いた。これが彼の言っていた合図だろう。リデリアは杖を軽く振る。
「煙よ!」
辺りがリデリアの出した白い煙で包まれる。その中で、ラッドヤードが動くのが分かった。不意に体が浮遊感に包まれる。高所から滑り落ちた時のような内臓が縮み上がる感覚を覚えた後、リデリアの視界が晴れた。