反撃
「なっ……」
激しい戦いを制して肩で息をしていたハリエットは、すぐ傍にリデリアと、そしてアレスがいるのに気が付いて目を見開いた。激戦を息をするのも忘れて見ていたリデリアははっとなる。
「ベルニエくんにアレス・ガルシア……。どうしてここに……」
アレスがリデリアを庇うように前に立った。その背中を見つつ、リデリアは冷めた声をハリエットに投げかける。
「魔王って呼ばないんですね。まあ、当然でしょうけど」
ハリエットが、ぎくりとしたように身じろぎした。「まさか、本当にあいつらの仲間に……?」と呟く声が聞こえてくる。リデリアは構わずに、ハリエットに険しい視線を送った。
「あなたは知ってますもんね。アレスさんが実は『魔王』って呼ばれるような恐ろしい犯罪者なんかじゃない事を。本当は誰が一番悪いのかを」
ハリエットの顔が真っ青になった。杖を持つ分厚い手が震えている。
「あなたが罪を隠しおおせるのは今日までですよ! 諦めなさい。 あなたはもう終わりです!」
「黙りなさい! 何をしに来たのか知らないけど、私が今ここで魔王もろとも君を消してやるわ!」
ハリエットは杖を高く掲げた。アレスがリデリアに「下がって!」と警戒の言葉を投げかける。
「ふふっ。足手まといを抱えたまま戦う気?」
ハリエットは嘲笑を飛ばした。
「だったら魔王といえども、簡単に倒せるでしょうね!」
「リデリア殿を侮辱するな! 彼女はっ……」
アレスの怒号は途中で遮られた。突然足元から現れた黒く光る鎖が、彼の体をがんじがらめにして地面に転がしたのだ。
「はんっ! 馬鹿め、油断したな!」
建物の中から飛び出してきたのは、副団長のヴァルターだった。杖を構えながら目をギラギラさせ、残忍な喜びで顔を歪めている。
「アレスさん!」
「くっ……」
アレスは身悶えしながら、何とか鎖を解こうと必死になった。それを見ながら、ヴァルターは「無駄な事を!」と嘲る。
「それはな、うちのギルドの宝物庫に保管されていた『魔封じの鎖』だ! 相手の魔法を封じるだけでなく、体をどんどん締め付ける品だ! 拷問に使われた事もある道具だぞ! さぞや苦しいだろうな!」
「これは禁制品だぞ!」
アレスは身を捩らせながら苦悶の表情を浮かべている。「知った事か!」とヴァルターは笑い飛ばした。
「よくやりましたね」
ハリエットが珍しくヴァルターを褒めた。舌なめずりをしながら、彼女は杖を再び構え直す。
「魔法を封じられた魔王など、私の敵じゃない。さあ、地獄へ送ってあげるわ!」
「だ、駄目!」
リデリアはとっさにアレスの前に飛び出した。アレスの鎖を解いている暇はない。今戦えるのは自分だけだ。何もしなければ、アレスも自分も二人に殺されてしまう。
「これは大した意気込みだ、『お茶汲み聖女』よ」
「あら本当」
二人とも小馬鹿にしたようにリデリアを野次った。リデリアが懐から杖を出すと、ますますその顔に嘲りが広がっていく。
「大変、これはやられてしまうかもしれないわぁ!」
「まったくです。ここは一緒にやりますかな」
二人は茶化しながら同時に杖を振り上げた。その先から光線が迸る直前、リデリアは思い切り叫ぶ。
「盾よ!」
リデリアの杖先から巨大な白い波が噴出する。その波は一瞬にして二人が放った術を飲み込むと、それをそっくりそのまま術者に返した。