覚悟を決めて
高い声で鳴く鳥の声が聞こえる。上空を見上げると、二頭の鳥人が森の中へと降りてくるところだった。
「よしよし、ちゃんとお薬配ってきて偉いわねー」
鳥人が足に抱えた壺が空になっているのを見て、女性が魔物の頭を撫でる。鳥人は目を細めて嬉しそうにしていた。
王都近郊の赤の森の隠れ家付近にある広場では、常時十名ほどが立ち働いていた。皆隠れ家の住人で、その中心となっているのはリデリアだ。
「美味しくなーれ!」
広場には魔法薬の調合で使う大釜がいくつか置いてある。あるものは煮えたぎる湯が入っており、あるものは蓋がされていた。
その内の一つ、全ての工程が完了したものに対して、リデリアは仕上げの呪文をかけている。そうして出来上がった液体を、他の人が壺の中に移し替えていた。その中身はもちろん万能薬だ。
様々な検証をした結果、やはりリデリアが万能薬を作る事が出来るのは、茶を淹れる手順に従った時だけだと判明した。
そこで、計画のために大量の万能薬が必要だったリデリアたちは、こうして広場に大釜を設置して、隠れ家からも助っ人を連れてきて茶を作る手順で万能薬を調合する事にしたのだ。
事前に準備しておかなかったのは、万能薬は作ってから時間が経ちすぎると効果の持続時間が極めて短くなってしまうからである。そのため、こうして作戦の決行と同時進行で調合をしていたのだ。
と言っても、道具がポットから大釜に変わったくらいで、普段とやっている事はあまり変わらないのだが。
しかしながら、毎回最後にリデリアが言っている「美味しくなーれ!」は、万能薬の調合とは直接の関係はないらしく、あってもなくてもいいものらしい。だが、リデリアは、ついいつもの癖でやってしまっているのだった。
それに関しては、アレスもラッドヤードも、リデリアのやりたいようにすればいい、といったスタンスである。
効率が悪い、などと言ってやめさせようとしない辺りに、自分の『仕事』への尊敬の意識を感じて、リデリアは何となく嬉しかった。
「リデリア殿。そろそろ行こう」
リデリアが蓋を取った大釜の中の液体に最後の仕上げをしていると、アレスが声を掛けてきた。いよいよ計画も大詰めだ。
(もうすぐ全部終わるんだ……)
彼が隠れ家を出て行く瞬間は確実に近づいている。リデリアは複雑な気持ちでアレスを見つめた。
「リデリア殿。油断していると危ないぞ」
リデリアの心中を察してか、アレスは苦笑いした。
「これからが本番なんだから。大丈夫、ここまでしてもらったんだ。どんな結果になっても、どんな未来が待っていても、私に悔いはないよ」
灰色の未来でさえも呑み込もうとしているアレスに、リデリアは何も言えなくなってしまう。アレスが大釜から万能薬をすくってコップに入れ、リデリアに渡してきた。
「さあ」
アレスが促してくる。覚悟を決めた顔だ。だとするならば、リデリアだっていつまでも後ろ向きではいられない。後はラッドヤードの『手がない訳じゃない』という言葉を信じようと決め、迷いを捨てたリデリアはコップの中の液体を飲み干した。
ほんわりと体が温かくなる。最近は給仕してばかりで自分で淹れた茶を飲む事がなかったので、作った茶の味の変化に今更ながらリデリアは驚いた。
魔法薬の効果だろうか。何だか気分が良くなってくる。ゆっくりと緊張が解れ、体の内側から力が湧いてくるような感覚だ。
(きっと大丈夫……)
どこからともなく溢れてきた自信を胸に、リデリアはアレスと一緒に、それぞれ鳥人の足に捕まった。
ラッドヤードによって『恭順』の魔法がかけられた鳥人は、彼の仲間のリデリアやアレスにも従うようにと言い含められており、二人が足を触ってきても嫌がるそぶりは見せなかった。
強靭な体を持つ鳥人は、人を乗せた状態でも問題なく飛行ができる。鳥人は力強く羽ばたくと、二人を連れて空へと飛び上がった。