愛のなせる業ってやつ?
「ナーシル!」
エルは歓喜のあまり後ろから恋人に抱き着いた。
「ねえ、お願いナーシル、一緒に来て! 私と魔物退治しましょう?」
「うーん。お誘いはありがたいんだけど、君、俺のタイプじゃないしねー」
「え?」
てっきり二つ返事で了承してくれるものだとばかり思っていたエルは、返ってきた言葉の意外さに目を見開いた。と言うよりも、遠回しに自分はフラれなかっただろうか。
「ナーシル?」
エルは胸騒ぎがして、青年の顔を覗き込んだ。途端に、怪訝な気持ちに襲われる。
「俺はねー。素直でー、真面目でー、からかいがいのある、可愛い子が好きかなー。あっ、可愛いって言うのは、顔もそうだけど性格も、ね? 見た目は……うーん……そうだなー。綺麗系? あっ、でも、奥ゆかしいっていうか、そういうのも……」
思っているんだかいないんだか、好き勝手な事を捲し立てる青年は、確かにナーシルの顔をしていた。だが、何故だろうか。エルには、それがナーシル本人だとはどうしても思えなかったのだ。
「……あなた、誰よ?」
その違和感が言葉となって口をついて出た。「ちょっと影のある子も放っておけなくていいよねー」などと宣っていた青年は急に口を閉ざすと、ニヤリと笑う。
「へー、やるねー。愛のなせる業ってやつ?」
青年の姿が変わり始める。現れたのは、赤い波打つ髪をした男だ。エルは顔を引きつらせると、青年のもとから飛び退いた。
「あ、あなた、魔王の右腕のラッドヤードじゃない! 何でここに!? ナーシルはどうしたのよ!」
「うーん。当分起きないんじゃないかなー?」
ラッドヤードは最後の質問にだけ答えると、またしてもナーシルの姿になった。エルは頭に血が上るのを感じる。
「ふざけないでよ!」
ラッドヤードがナーシルの姿を借りているのも、どうやら彼がナーシルに何かしたであろう事も、恋人以外の男に抱き着いて甘えてしまった事も、何もかもが許せない。エルは杖先をラッドヤードに向けた。
だが、エルがラッドヤードを倒す事は叶わなかった。どこからともなく飛んできた妖精の集団が、エルの杖先に止まり、こちらの得物を奪おうと引っ張り始めたのだ。
「は、離しなさい!」
思わぬ闖入者にエルは狼狽えた。ラッドヤードはクスクス笑っている。
「じゃあ、俺はこれで。まだやる事があるしねー」
「ま、待ちなさ……あっ」
エルが去っていくラッドヤードに気を取られた隙を見逃さず、妖精たちはエルの武器を持って、天高く飛んでいった。丸腰になってしまったエルは血の気が引いた。
その時ちょうど、聞き覚えのある悲鳴が耳に入ってきた。何事かと思えば、聖女や斧戦士たちが逆さ吊りにされている木に、重戦士、狙撃手も仲間入りしているではないか。
屋上では、一仕事終えたばかりの雷神鳥が、のんびりと羽繕いをしていた。
おぞましい鳴き声がすぐ近くから聞こえてくる。エルはいつの間にか、小人たちに囲まれていた。
「い、嫌……」
他に木にぶら下げておくコレクションはないだろうかと探していた小人たちは、エルを見て歓喜している。一斉に飛びかかられて、エルはけたたましい叫び声を上げた。
「助けて! 助けて、ナーシル!」
だが、願いは届かない。
結局エルは小隊のメンバーたちと一緒に助けが来るまでずっと木に縛り付けられたまま、小人たちに木の枝で突かれたり、髪を引っ張られたり、体中に泥を塗りたくられたりするのを我慢するしかなかった。