因縁の対決?
「っていうか、君が強かったのって、やっぱりリデリアちゃんのお蔭だったんだねー。こうして戦ってても、あんまり……って感じだしー」
「え?」
ナーシルは、ラッドヤードが突然何を言いだしたのか分からなかったのか、困惑の表情を浮かべた。
「ふーん、やっぱり知らないんだー」
ラッドヤードはリデリアの方を見て悪戯っぽく笑った。
「俺、意地悪だから教えてあげなーい。あっ、でも、話してびっくりさせちゃうのも悪くないかなー?」
ラッドヤードはわざと焦らすようなそぶりを見せた。リデリアは奇妙な感覚を覚える。まるで、彼が会話を引き延ばしにしているように感じられたのだ。
「何をふざけた事を……」
しかし、そんな曖昧な態度はナーシルの気に障ったらしい。彼は再び剣を構え、こちらに飛びかかって来ようとした。リデリアは思わずラッドヤードの服の裾を掴む。
「ラッドヤード、いつまで油を売っているつもりだ」
突然、呆れ声が聞こえてきた。隠れ家のある方向からアレスが歩いてくる。
「ま、魔王……!」
ナーシルはアレスの姿を見るなり、動揺したような声を出した。
「お前は俺が重傷を負わせたはず……。そ、それが何で……」
至って壮健に見えるアレスに、ナーシルは戸惑いを隠せない。アレスはナーシルを見て、「いつぞやは世話になったな」と慇懃に礼をした。
「おっ、来た来た、アレスー!」
ラッドヤードは嬉しそうに手を振る。
「アレスの大好きなリデリアちゃんとラッドヤードくんが大ピンチだよ! 怖いよー! 助けてー!」
「何だ、その寒々しい演技は」
アレスは両眉を上げた。
「馬鹿な事言ってないで帰るぞ。いつまで遊んでいる気だ」
「えー。せっかくアレスのために、勇者くんを倒さないでおいたのにー」
「……それはどうも」
どうやら先ほどラッドヤードが時間稼ぎをしているように見えたのは正しかったらしい。ラッドヤードはアレスが来るのを見越して、わざと手を出さなかったのだ。もしかして、ナーシルはアレスの因縁の相手だから、彼に始末をつけさせようとしたのだろうか。
アレスはナーシルを一睨みした。ナーシルはギクリと身じろぎしたが、一度勝っている相手だからなのか、すぐに好戦的な表情となると、その視線を黙って受け止める。
「何でこう、次から次へと色んなのが出て来るんだよ。これからエルと出掛ける用事があるっていうのにさ」
ナーシルはアレスとラッドヤードに注意を払いながら、文句を零した。
「俺はただ、『お茶汲み聖女』を殺して来いって言われただけなのに……。そんなの、瀕死の液状生物を倒すよりも簡単な、これ以上ない楽な任務のはずじゃないか」
「私の恩人に対して随分な言い草じゃないか」
ナーシルの蔑むような声を聞くなり、アレスの顔から表情がすっと抜け落ちた。
先ほどまで戦う気がまるでなさそうだったアレスが豹変した事に、ナーシルの顔が引きつる。リデリアもその怒気に身が引き締まるような心地がした。
ラッドヤードだけが、「あちゃー。勇者くん、口が滑ったねー」と囃している。
「君もリデリア殿を侮辱していた一人なんだな。……『お仕置き』が必要か?」
言うなり、ナーシルの体を青緑の炎が包む。それはどうも実体のない呪いの火のようだった。抵抗する暇もない。一瞬の後、ナーシルは地面に伸びていた。
「アレスってば、つよーい!」
ラッドヤードは手を叩いて盛り上がっている。リデリアはピクリとも動かないナーシルの様子を観察しながら、恐る恐るアレスに尋ねた。
「こ、殺したんですか……?」
「生きてるよ」
アレスは簡潔に答えた。
「『お仕置き』だから。そこまではしない」
「そ、そうですか……」
リデリアは胸を撫で下ろす。アレスが本物の犯罪者になってしまったかもしれないと思い、焦っていたのだ。