極秘任務
「帰ろうか、リデリアちゃん」
ヴァルターの後を追おうともせずに、ラッドヤードはリデリアの肩を抱いて立ち去ろうとした。
その時、ふと、視界を横切るものの影が見える。同時に、すぐ傍の地面から小さな爆発音がした。
「きゃっ」
リデリアは驚いて悲鳴を上げた。何かが体を掠める。そう思った時には、「動くな」という声を聞いていた。
リデリアが事態を把握した時にはもう遅かった。腰に剣を下げた青年がラッドヤードに杖先を向けている。ラッドヤードは両手を頭の上にあげていた。ラッドヤードの杖は、青年が自身の得物を持つ手とは反対に握っている。
「ナーシルさん……?」
「またお前の顔を見るなんて思ってもいなかったよ、リデリア」
ナーシルはラッドヤードから目を離さずに嘆息した。
次々と現れる白鷲団の団員に、リデリアは怪訝な気持ちになった。まさか彼まで自分を連れ戻しに来たというのか。
「君、中々手先器用じゃん?」
ラッドヤードは丸腰にされても平気で笑っていた。リデリアは、ナーシルが爆発で気を引いている内に、ラッドヤードの杖を掠め取ったのだと悟る。
「この人、元『盗賊』ですから」
「ああ、そうだったっけ」
リデリアは、ラッドヤードが平気な顔をしているものだから、不思議とこの状況を少しも心配する気になれなかった。呑気に会話をするリデリアたちを見て、ナーシルは「お前たち、自分の立場を分かってるのか?」と呆れる。
「ナーシルさん、私の事、連れ戻しに来たんでしょう?」
リデリアはやれやれと思いながら尋ねる。そうでなければ偶然こんなところで会ったりする訳がないと思ったのだ。だが、「違う」とナーシルは返した。
「俺はお前を殺しに来たんだよ、リデリア」
「えっ……」
まさかの言葉にリデリアは目を大きく見開いた。ナーシルは冷酷な表情で続ける。
「団長の命令だ。あの人はいつだって突然だし、何が目的なのかも教えようとしない。まあ、逆らったら面倒だから、従うけどさ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
リデリアは驚愕のあまり声を震わせた。
「何で私が殺されないといけないんですか! 私、もうギルドとは何の関係もないのに……」
「だから知らないって」
そう言いつつも、ナーシルはラッドヤードを見つめて、「こいつらのせいじゃないの?」と推測を口にした。
「お前、魔王の仲間になったんだな。能無しなのによく入れてもらえたもんだよ。魔王のところはよっぽど人手不足なのかい?」
「君、本当に口悪いねー」
ラッドヤードは目を細めた。
「でも、冷静な判断はできる感じ? 真っ先に厄介そうな俺の武器を奪っていくところとかさー。で、俺を倒してから、次はリデリアちゃん、って考えてるのかなー?」
「その通りだよ」
ナーシルが自分の杖を振り上げようとした。だが、ラッドヤードは慌てるでもなく、「でもさー」と話を続けた。
「何て言うか、詰めが甘い?」
途端にナーシルが持っていた彼の杖が音を立てて破裂した。ナーシルは「うわっ!」と叫んで手を押さえる。
「ただの盗賊が怪盗に勝てる訳ないじゃんねー」
ラッドヤードはケラケラ笑っていた。
「君が俺から杖を盗むのに気を取られてる隙に、すり替えちゃった。残念! 俺の方が手先が器用だったねー。本物はこっちでーす!」
ラッドヤードは服の袖の中から一本の杖を出す。自分の得物が相手側に渡っていたという事実に、ナーシルは口を開けている。
ナーシルの手の中には、まだラッドヤードの杖があるが、持ち主以外が杖を使っても大した効果はないのだ。魔法を封じられたと悟り、ナーシルの顔色が目に見えて悪くなった。
「くそっ!」
ナーシルは、ラッドヤードは相手にしない方がいいと判断したらしい。ラッドヤードの杖をへし折ると、本懐を遂げる事にしたようだ。腰の剣を抜き、リデリアに切りかかってくる。
「きゃああっ!」
ラッドヤードの神業に見惚れていたリデリアは、悲鳴を上げて尻餅をついた。ラッドヤードは「あっ、そうだ」と悠然とまだ何かを喋っている。
「言い忘れてたんだけど、俺、杖がなくても魔法が使えるんだよねー。アレスとお揃い、みたいなー?」
リデリアの頭上から、一枚の木の葉が落ちてくる。ラッドヤードが指を鳴らすと、木の葉は瞬時に大きな盾に変化し、リデリアとナーシルの間に割って入った。
盾がナーシルの刃を受け止める音がする。ナーシルは「ぐっ……」と唸って、素早く後方に退いた。
「だってさ、『お仕事』の最中に棒切れなんか振り回してる余裕、ないもんねー」
ラッドヤードはリデリアに手を貸して立ち上がらせてくれると、ナーシルを見て余裕の笑みを零した。
ナーシルは唇を噛んでいる。リデリアには、彼がどうしたらこの場を突破できるのか考えているのだと分かった。