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もう遅い!

「私と来い」

「え?」


 突然の誘いにリデリアは戸惑った。ヴァルターは舌打ちする。


「お前は万能薬エリクサーが作れるそうだな。今までその事を、もったいぶって隠していたのだろう」

「いえ、別にもったいぶっていた訳じゃ……」


 どうしてヴァルターが、自分が万能薬エリクサーを作れる事を知っているのだろうとリデリアは疑問に思った。


 ヴァルターはリデリアが反論などしなかったように話を進める。


「大した力だ、本当に。『お茶汲み聖女』などと罵倒した事は謝罪してやろう。だから私のために薬を作るんだ。どうだ? 嬉しいだろう? やっと能無しが役に立てるんだぞ? お前の活用法を見出した、この私に感謝するといい」


 ヴァルターは勝手な言葉を吐きながら、「行くぞ」と言ってリデリアの腕を引っ張った。リデリアは何故急にヴァルターが自分を欲するようになったのか分からずに困惑し、「や、やめてください!」と抵抗した。


「私を連れて行って何をさせる気ですか!? 私、もうあなたたちのところになんか戻りたくありません!」


「安心しろ。私が出世したら、お前もそれなりの地位につけてやる。そして、その後は私が命じるままに万能薬エリクサーを作り続ければいいのだ。こんないい話は他にあるまい」


 自分の事をまるで便利な道具か何かのように扱おうとするヴァルターの態度に、リデリアは怒りが込み上げてきた。そして、激情のままに自分の腕を引っ張っているヴァルターの手の甲に思い切り噛みついてやる。


「くっ……! ……このっ!」


 リデリアの反撃をもろに食らってしまったヴァルターは、顔をしかめながら杖を取り出してリデリアに向けて一振りした。


「た、盾よ!」


 リデリアは身を守るために、とっさに盾の魔法を発動させようとした。だが、リデリアの出すもやのような盾では、白鷲団の副団長であるヴァルターの攻撃は受け止められない。


 多少の衝撃を和らげるのには役に立ったようだが、リデリアは後方に吹き飛ばされ、そのまま無様に草の上を転がった。


「はっ、子どものごっこ遊びか?」


 ヴァルターは小馬鹿にしたような感想を吐くと、リデリアの長い栗色の髪を掴んで無理やり上を向かせた。


「い、痛……」

「こちらが下手に出たからといって、いい気になりおって……。調子に乗るなよ、『お茶汲み聖女』め。能無しが一人前の口を利く権利などあるものか」


 どうやら謝罪してやってもいいというのは嘘だったらしい。ヴァルターは杖先をリデリアに向けてくる。何をされるのかとリデリアは恐怖したが、それ以上に彼の自分勝手な物言いに腹が立った。


「わ、私、あなたの言う事なんか聞きませんから!」


 リデリアは声を上ずらせながらも、必死でヴァルターを睨み付けた。今までの不満を全部ぶつけてやるような気持ちで大声を出す。


「私の力をどう使おうとしているのか知りませんけど、今更縋ってきたってもう遅いです! あなたたちのためには一滴だって薬を作ってあげたりしません! 諦めてさっさと帰りなさい!」


「貴様、言わせておけば……!」


 ヴァルターの瞳が剣呑に光る。リデリアはぐっと拳を握って、これからヴァルターが向けてくるであろう暴力に耐えようとした。


「はい、そこまでねー」


 だが、聞こえてきた声と共に魔法をかけられていたのはヴァルターの方だった。


 彼の体が木の上まで浮き上がり、枝に引っ掛けられる形で上昇が止まる。「な、何だ!?」とヴァルターは狼狽えて、手足を滑稽にジタバタさせた。


「あんまり暴れると落ちるよー?」


 クスクス笑いながらやって来たのはラッドヤードだった。


「ま、副団長はスマートだから、まだよかったねー?」


 ラッドヤードは長い指で杖を弄びながら、ヴァルターのぶら下がっている木に巻き付くつるに魔法をかけた。よくしなる蔓はヴァルターの服の間から侵入し、彼の体をくすぐり始める。


「き、きさ……ひゃはは、やめ……うひひぃぃ!」


 ヴァルターは悶絶しながら笑い転げた。暴れたら落ちるなどと言っておきながら、どうやらラッドヤードはヴァルターを落下させる気満々のようだ。


「大丈夫? リデリアちゃん」


 ヴァルターの喘ぎ声を聞きながら、ラッドヤードがリデリアの髪についた草を取ってくれる。助けが来た事に安堵しつつ、リデリアは「はい」と頷いた。


「よく私が危ないって分かりましたね?」


「この森、俺とアレスがかけた『保護プロテクト』の魔法で守られてるからねー。隠れ家の監視室モニタールームで見張ってくれてる子が、不審者が侵入してきたって教えてくれてさー。まあ、そんな事考えもしないでズカズカ入ってきた副団長が単に間が抜けてたっていうか……」


 ドサッと音がして、ラッドヤードの言葉が掻き消された。見れば、とうとう木から落下したヴァルターが地面でくしゃくしゃになっている。


「き、貴様……魔王の仲間の『千の顔』だな!」


 体中をくすぐられた影響で、ヴァルターの顔は上気し、熟しかけの果実のようにまだらに赤くなっている。


 それでも悪運は強いのか、ヴァルターは大した怪我も負っていないようで、すぐに起き上がると肩で息をしながら目を吊り上げた。


「『お茶汲み聖女』め! 裏切りおったな! この代償は高くつくぞ!」


 捨て台詞を残しながら、ヴァルターはうの体で逃げ出していく。ラッドヤードは、「これ、裏切りって言わなくない?」とのんびり首を傾げていた。

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